最近なにかと地震に関する情報が飛び交うのでそれに関連して。
今まで、皆の関心は、"耐震"に集まっていた気がする。
耐震は、その建物がどれだけ揺れに強いかとかそういう概念と捉えて問題ないと思う。
でも、実際に揺れが起こると、耐震だけじゃ対応できないことに気がつく。
それに伴って、津波、火災、人災……
想定できないことだって起こる。
つまり、耐震で揺れに耐えられたとしても、揺れへの対応策としては絶対的に足りない。
だから、"対震"が必要になる。
地震に伴う災害に対応するために、想定できる事象に対しての策を練ることはもちろん、想定外の事象が発生した場合に、如何に対応しておくか、その指針を明確にして、責任の所在を明らかにしておく。
事が起こってしまっては、皆が責任かれ逃れようとして、まともな意思決定なんてできるわけがない。
人間そんなに利口でも、強くも、正義感があるわけでもない。
で、これと同じことが、色んな制度で起こってしまっている気がしてならない。
言ってみれば耐震は形式で、対震は実質である。
形式をいくら見栄えのいいものにしても、それを実際に活用していく人間の実質が伴わなければ、なんの意味もない。
猫に小判、豚に真珠、
そんなところだろうか。
でも、もちろん実質実質というだけでは不十分で、実際にそれを実行していかなければならない。
それには困難が伴うから、皆形式ばかりに関心を寄せ、実質を達成した気になってしまうのだと思う。
形式は当たり前のこととして、実質の伴う人間になりたいと強く思う。
そのためには、形式に関してしっかりと理解して、能動的に考えることができるようになる必要がある。
………
ようは人生勉強ということか笑。
お腹も空いてきたし、今日はこの辺で。
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