中である。
日々毒を吐いてごめんなさい。


人生とは反省である。

大学2年生の冬。
ようやく気が付いた。
勉強とは復習であると。

そんなことは、中学、いや小学校から言われているし、わかっているつもりでいた。

しかし、全く体現できていなかった。

特に学ぶ内容がなんかいになればなるほど、この基本原則の重要性は増す。

復習とは徹底的にやらなければ意味がない。
その日やった内容をぱらっと見直す。
やらないほうがひどいがやっても不十分である。
やった内容を理解し、不明点を見つけ、次に復習するときにどこを重点的にやればいいかを把握する。
そこまでやって初めて復習である。

一回目の復習は質を何よりも意識してやる。

そのあとはそれを身に染み込ませるだけである。

料理に例えれば、一回目は仕込み、その後は味を染み込ませるだけ……
まぁそんな感じ。

という一連の流れを、会得したい学問で繰り返していく。

ということができていたら、今頃定期試験と、会計士試験の勉強を余裕で両立させていただろうに笑。

一般的な大学生と同様直前期に必死になっている……いや、どのみち直前期は必死であるべきか……

これからの講義はこうやって受けていきたいものです。

P.S.

勉強ができない人なんてこの世に存在しないと思う。
単に復習という努力ができない人がいるだけ。

"努力することが才能である。"

ただし、その才能も努力なしには生まれないのであるが……。

いわゆる才能がない僕にとっては、人生の教訓になっている言葉です。





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を今日もつけっぱなしにしてしまった(;_;)

それはともかく今日感じたことをひとつふたつ………

資格試験にも多分共通するはずなんだけど、ミクロ経済学の勉強してて


理解のための問題演習なのであって、問題演習のための理解ではない!

と痛感するに至った。

問題演習のための理解では、結局問題演習にしか対応できない。
その理解をもとに自ら思考するという段階にまでたどり着けない。

理解のための問題演習によって、理解を深め、その理解、知識を自分の使えるもの、自分の思考のツールにすること、それこそが勉強である。

それが難しいからこそ、暗記が横行するわけであるが……

それから、難しい理論、重厚な書物にあたることが学問ではないこと。

それらをただ何となく読んで、うっすら暗記するくらいなら、簡単な理論、基本書の考え方を自ら使える、それも自由自在に、ようになることの方がよっぽど有意義であるということ。


これも言われてみれば当たり前のようだけど、多分実践できてない人は(無論僕も含めて)多いはず、というか、ほとんどの人はそうなのではないだろうか?

そうじゃない人は、そうである人から天才と呼ばれるのではあるまいか?

ともかく、定期試験対策とはいえ、ただの暗記で終わらないようにしたいという、自戒である。

理論上何故市場で均衡状態になるか?

一から説明するには骨が折れる。

グラフの交点が均衡……

そんなこと幼稚園児でも言える。

さて、勉強に戻るとしようか笑。






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で合格発表。

宙ぶらりんな時は自分の得意なものをやりたくなりがち。

企業法の趣旨を確認……

いや、今やるべきは会計士として持っていなければいけない、会計に対する深い理解なはず。

………
財表の復習へ。

最近しっかりと内部統制が働いている模様笑。

簿記も管理も苦手意識のあるとこの復習が出来てるし、試験後なかなか有意義な勉強ができた気がする。

今の懸念は連結CFの演習。

先伸ばしにし過ぎてますね(TT)



ひとつひとつの理解を大切にしていきたいものです。
暗記と理解の相乗効果に期待!


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