恋に落ちた☆妄想女子 -9ページ目

恋に落ちた☆妄想女子

読んでも何の得も無し。


鬼狩り様の、出立は早い。


屋敷の者が総出で朝餉の支度やら。


指定された用意する物の支度に追われている。


風柱様も、例外では無く。


縁起物の、鮑、栗、昆布などでこしらえた。


朝餉を召し上がると、出立するようだった。


私はといえば。


風柱様を見送るという、最期のお役目を果たす為だけに。


飾り立てられている、最中だ。


恥ずかしくて、言えない。


屋敷の者たちには。




何も、無かったなんて…。




出来れば、風柱様とも、顔を合わせたくない。


どんな顔していいのか、分からないもの…!


『…お綺麗ですよ、紗夜様。


昨日までとは、艶が違いますわ!


きっと、風柱様もお名残惜しゅうございましょう。』


支度が整った、私に。


なんにも知らない屋敷の者がのんきな声を掛ける。


…溜息が出ちゃう…。


綺麗もナニも。


全然、相手にされなかったのに…。


その時。


す、と障子戸が開いて。


『…風柱様、出立にございます。』


そう知らせが届いた。


武運と無事を祈る為の、火打石と火切鎌を手に。


表門まで。


あぁ…。


なんていい天気なの…。


薄らと雲が流れる、晴天の空の青。


早朝の澄んだ空気に、足元には微かに残る春霞。


朝露の匂い。


屋敷の者達が、内門で出立を祝福した後。


現れた表門には、私と風柱様の、二人きり…。


『世話ンになった。』


言葉少なに、さっさと行こうとする背中に。


『…ご武運を…。』


カッ、カッ、と、二度。



火打石で、火花を散らす。


立ち止まれど振り返らず、肩越しに僅かに視線だけをよこして。


歩き出した背中。


今度こそ、行ってしまうんだわ…!


そう思った時には、



『…かっ、風柱様…っ!』



堪え切れずに、その背中に叫んでいた。



なんだァ?



とでも言いたげに、訝しそうに振り返る。


『…また、当家へお越し下さいますかっ?


また、必ず…っ!』


このまま終わるなんてイヤ。


子供みたいにあしらわれて、何も癒して差し上げられなかった!



『…私…っ、もっと、もっと…大人になりますから…っ!』



『………………。』



『もっと綺麗になって、もっと…。』



…イヤだ。


また、叱られてしまうわ、泣くなって…!


こぼれそうになる涙を誤魔化そうと、一瞬空を見上げて。


顔を戻した時に、ふと射した影。


『…阿保がァ。』


酷い言葉。


でも、その声は、優しい。


また、一瞬で私の目の前に来た、風柱様が。


私の頬を伝う涙を、親指でぐい、と拭った。


『…精々、励むこったなァ。』


呆れたように、そう言って。


私の耳元で、囁いた。







もし、また次に逢う事があったら。


そん時は、…抱き壊してやらァ。







だから、…忘れられないのだ。


そして、今度こそ、振り返らずに。


どんどん背中が遠ざかって行く。


…もう、逢えないのかも、知れない。


明日とも知らぬ命。


それが、鬼狩りの宿命。


満開の桜の花びらが、はらりと散る様に。


涙が溢れて止まらない。


…もう、逢えないのかも、知れない。


そう覚悟をしていたのに。


再会は、やって来たのだ。







それも、突然に。








【藤花の契 ⑤へ続く】