鬼狩り様の、出立は早い。
屋敷の者が総出で朝餉の支度やら。
指定された用意する物の支度に追われている。
風柱様も、例外では無く。
縁起物の、鮑、栗、昆布などでこしらえた。
朝餉を召し上がると、出立するようだった。
私はといえば。
風柱様を見送るという、最期のお役目を果たす為だけに。
飾り立てられている、最中だ。
恥ずかしくて、言えない。
屋敷の者たちには。
何も、無かったなんて…。
出来れば、風柱様とも、顔を合わせたくない。
どんな顔していいのか、分からないもの…!
『…お綺麗ですよ、紗夜様。
昨日までとは、艶が違いますわ!
きっと、風柱様もお名残惜しゅうございましょう。』
支度が整った、私に。
なんにも知らない屋敷の者がのんきな声を掛ける。
…溜息が出ちゃう…。
綺麗もナニも。
全然、相手にされなかったのに…。
その時。
す、と障子戸が開いて。
『…風柱様、出立にございます。』
そう知らせが届いた。
武運と無事を祈る為の、火打石と火切鎌を手に。
表門まで。
あぁ…。
なんていい天気なの…。
薄らと雲が流れる、晴天の空の青。
早朝の澄んだ空気に、足元には微かに残る春霞。
朝露の匂い。
屋敷の者達が、内門で出立を祝福した後。
現れた表門には、私と風柱様の、二人きり…。
『世話ンになった。』
言葉少なに、さっさと行こうとする背中に。
『…ご武運を…。』
カッ、カッ、と、二度。
火打石で、火花を散らす。
立ち止まれど振り返らず、肩越しに僅かに視線だけをよこして。
歩き出した背中。
今度こそ、行ってしまうんだわ…!
そう思った時には、
『…かっ、風柱様…っ!』
堪え切れずに、その背中に叫んでいた。
なんだァ?
とでも言いたげに、訝しそうに振り返る。
『…また、当家へお越し下さいますかっ?
また、必ず…っ!』
このまま終わるなんてイヤ。
子供みたいにあしらわれて、何も癒して差し上げられなかった!
『…私…っ、もっと、もっと…大人になりますから…っ!』
『………………。』
『もっと綺麗になって、もっと…。』
…イヤだ。
また、叱られてしまうわ、泣くなって…!
こぼれそうになる涙を誤魔化そうと、一瞬空を見上げて。
顔を戻した時に、ふと射した影。
『…阿保がァ。』
酷い言葉。
でも、その声は、優しい。
また、一瞬で私の目の前に来た、風柱様が。
私の頬を伝う涙を、親指でぐい、と拭った。
『…精々、励むこったなァ。』
呆れたように、そう言って。
私の耳元で、囁いた。
もし、また次に逢う事があったら。
そん時は、…抱き壊してやらァ。
だから、…忘れられないのだ。
そして、今度こそ、振り返らずに。
どんどん背中が遠ざかって行く。
…もう、逢えないのかも、知れない。
明日とも知らぬ命。
それが、鬼狩りの宿命。
満開の桜の花びらが、はらりと散る様に。
涙が溢れて止まらない。
…もう、逢えないのかも、知れない。
そう覚悟をしていたのに。
再会は、やって来たのだ。
それも、突然に。
【藤花の契 ⑤へ続く】