『早く湯を沸かして!
早くっ!
あなたはあるだけの布と、薬も用意するのよっ!
夜が明けたら、導庵様へ早馬を飛ばして頂戴!
急いで準備してっ!!』
『はいっ!!』
屋敷に、私の怒号が響き渡る。
普段は静かな屋敷の中を、バタバタと慌ただしく人が走っていた。
隠の方々に、酷い怪我を負った風柱様が担ぎ込まれてやって来たのは、月の無い日の真夜中。
再会を喜ぶなど、とんでもなく。
三年振りに会う風柱様は、瀕死の重傷を負っていて、意識すら無かったし。
私は、この家の家督を継ぎ、女主人となって屋敷を切り盛りしていた。
『…出血が多いわ…。』
横たえた布団に、真紅の染みがじわりと広がってゆく。
死なせるものか。
絶対に。
『…しっかりなさいませ!
風柱様っ!』
励ましながら、包帯をキツく巻いて縛り上げる。
…どうしてこんな事に…。
テキパキと包帯を巻きながら、考えてみるけれど。
鬼にやられる他に無い。
こびり付いた血と泥をぬるま湯で丁寧に洗い、流してゆく。
瞬く間に桶と手拭いは、血の赤で染まる。
洗浄と止血。
真夜中だから、医者を呼ぶ事も出来ない。
今、この場で出来る処置が全て終わり。
意識の戻らない、風柱様の枕元で、ずっと看病をしていた。
時折、苦しそうに唸り、眉根を寄せる。
額に浮かぶ汗を手拭いで何度も拭き取り、氷枕を変えて。
…お願いだから。
このまま、逝ってしまわないで…。
手を握り、念を送るかの様に、祈り。
それから、十日ばかり。
風柱様は、眠り続けていた。
導庵様…お医者様の…見立てでは。
一番の峠は越した、との事だった。
熱も下がり、寝顔も寝息も、大分穏やかになってはいる。
汗ばんだ身体を拭いて差し上げたり。
お薬を口移しで飲ませたりしながら。
意識が戻るのを、ひたすら待っていた。
『…もう…!
いつになったら目を覚ますのよ…!』
そう、口に出してしまったのは。
時が流れ、日射しに初夏を感じられるようになった頃だった。
いつ、目が覚めても良い様に。
毎日、薬膳粥を煮る。
薬草を摘みに行き、干したりすり潰してみたり、煎じてみたり。
この湯が傷に効く、と聞けば山奥まで汲みに行ったし。
熊の肝やら、鹿の角やら。
とにかく、傷に効くと聞けば全て試した。
それ以外の時間は全て、風柱様の枕元に張り付いて。
もう何日、眠り続ける横顔を見ていたか、分からない。
そんな日が続き。
肘掛けにもたれて、うとうとしていた、その時だった。
少しだけ開けた障子戸から、遠くの空に細い三日月が見える、夜中。
『…おい。』
私を呼ぶ声がする。
あぁ、懐かしい声だ。
『…紗夜。』
嬉しい。
…名前を、覚えていてくれたのね…。
夢現のような気がして。
首だけを、風柱様の方へ向けると。
『…………あ…、…。』
布団に横になったままだけど。
あの鋭い眼差しが、…私を捉えていた。
【藤花の契 ⑥へ続く】