恋に落ちた☆妄想女子 -8ページ目

恋に落ちた☆妄想女子

読んでも何の得も無し。



『早く湯を沸かして!


早くっ!


あなたはあるだけの布と、薬も用意するのよっ!


夜が明けたら、導庵様へ早馬を飛ばして頂戴!


急いで準備してっ!!』



『はいっ!!』





屋敷に、私の怒号が響き渡る。


普段は静かな屋敷の中を、バタバタと慌ただしく人が走っていた。


隠の方々に、酷い怪我を負った風柱様が担ぎ込まれてやって来たのは、月の無い日の真夜中。


再会を喜ぶなど、とんでもなく。


三年振りに会う風柱様は、瀕死の重傷を負っていて、意識すら無かったし。


私は、この家の家督を継ぎ、女主人となって屋敷を切り盛りしていた。



『…出血が多いわ…。』



横たえた布団に、真紅の染みがじわりと広がってゆく。





死なせるものか。





絶対に。





『…しっかりなさいませ!


風柱様っ!』


励ましながら、包帯をキツく巻いて縛り上げる。


…どうしてこんな事に…。


テキパキと包帯を巻きながら、考えてみるけれど。


鬼にやられる他に無い。


こびり付いた血と泥をぬるま湯で丁寧に洗い、流してゆく。


瞬く間に桶と手拭いは、血の赤で染まる。


洗浄と止血。


真夜中だから、医者を呼ぶ事も出来ない。


今、この場で出来る処置が全て終わり。


意識の戻らない、風柱様の枕元で、ずっと看病をしていた。


時折、苦しそうに唸り、眉根を寄せる。


額に浮かぶ汗を手拭いで何度も拭き取り、氷枕を変えて。



…お願いだから。



このまま、逝ってしまわないで…。



手を握り、念を送るかの様に、祈り。


それから、十日ばかり。


風柱様は、眠り続けていた。


導庵様…お医者様の…見立てでは。


一番の峠は越した、との事だった。


熱も下がり、寝顔も寝息も、大分穏やかになってはいる。


汗ばんだ身体を拭いて差し上げたり。


お薬を口移しで飲ませたりしながら。


意識が戻るのを、ひたすら待っていた。



『…もう…!


いつになったら目を覚ますのよ…!』



そう、口に出してしまったのは。


時が流れ、日射しに初夏を感じられるようになった頃だった。


いつ、目が覚めても良い様に。


毎日、薬膳粥を煮る。


薬草を摘みに行き、干したりすり潰してみたり、煎じてみたり。


この湯が傷に効く、と聞けば山奥まで汲みに行ったし。


熊の肝やら、鹿の角やら。


とにかく、傷に効くと聞けば全て試した。


それ以外の時間は全て、風柱様の枕元に張り付いて。


もう何日、眠り続ける横顔を見ていたか、分からない。


そんな日が続き。


肘掛けにもたれて、うとうとしていた、その時だった。


少しだけ開けた障子戸から、遠くの空に細い三日月が見える、夜中。



『…おい。』



私を呼ぶ声がする。



あぁ、懐かしい声だ。



『…紗夜。』



嬉しい。


…名前を、覚えていてくれたのね…。


夢現のような気がして。


首だけを、風柱様の方へ向けると。



『…………あ…、…。』



布団に横になったままだけど。






あの鋭い眼差しが、…私を捉えていた。











【藤花の契 ⑥へ続く】