次の日からの、風柱様の鍛錬の凄まじさと言ったらなかった。
朝は日が昇る前から動き出す。
夜は屋敷の者達より、遅くまで動いている。
飽く事無くただひたすらに鍛錬に打ち込むその御姿を。
私は出来うる限り、傍で見ていた。
縁側に座って、眺めているのが、いちばん好き。
徐々に鍛え直され、仕上がっていく筋肉の美しいこと。
たまに、どこか痛むのか。
顔を歪めたりするから、心配で…。
でも、口を出す事はしなかった。
大丈夫よ。
大丈夫。
強いひとだもの。
心配に挫けそうになる心を叱咤して、ただ見守り続けて。
そんな日が続いていた、ある日の事だった。
『……刻返しの花…?』
いつも行く薬屋で。
店の主人が教えてくれた聞いた事も無い、花の名前。
『まさかね。
ホントの話だなんて、思っちゃいないけどねぇ。』
主人が、薬を調合しながら、続ける。
『何でも、この裏の山の奥の、崖っ淵に咲くそうだよ。
決まって必ず、雨の夜だそうだ。
白い花弁の、くちなしに似た花だって話だが。
…その花を煎じて飲むと、どんな傷でも、まるで、傷が付く前みたいに快癒するそうだ。』
『…傷が、つく前…みたいに?』
『だから、刻返しの花、なんだとよ。』
はいよ、と。
出来上がった薬を受け取りながら。
『…まぁ。
ずいぶんと長いこと、薬を買いに来てくれてるからねぇ、アンタ。
…そんなウソみてぇな花でもありゃいいのになぁ、なんて思ってよ。
俺も爺様から聞いた話しだ。
真に受けて探しに行く馬鹿が出たら世話ねえからな。
誰にも話した事は無かったんだけどよ。』
アンタを見てると、そんな与太話でも、信じたくなるんだよ…。
そう言ってくれた、人の良い主人に礼を告げ、店を出てからも。
考えるのは、その花の事ばかりだった。
…嘘よ。
そんな奇跡みたいな花、ある訳無いじゃない…。
ふるふると、頭を振って。
馬鹿な事を、と頭の隅に浮かんだ考えを打ち消す。
…でも。
…でもね。
…もし、本当にその花が咲いていたら…?
雑踏の中、立ち止まる。
視線を上げると。
暗く霞む、裏の山が見えた。
ぽつ、と。
見上げた私の頬に落ちて来た、水。
一粒、二粒。
…雨…。
…雨の夜に、…咲く花。
ざああぁっと、雨が一気に夕立になる。
帰らなきゃ、早く。
振り切るように、屋敷へと帰ると。
玄関先に、仁王様の様に。
風柱様が立っていた。
【藤花の契 ⑧へ続く】