全ての状況が、恐ろしい。
いっそこのまま、落として欲しい。
ホンの一瞬だけ、本気で思った。
足首から引っ張り、帯を掴み、極め付けは、襟足だ。
千切れそうな程の力で、一気に崖の上へ、引っ張り上げられた。
その反動のまま、どしゃりと地べたに叩きつけられる。
雨が激しくなっていた。
はぁ、はぁ、と。
同じように地面に座り込んだ風柱様が、肩で息をしている。
濡れて貼り付く前髪の隙間から、私を今にも。
殺しそうな勢いで、睨み付ける双眸。
『…て、めェ…。』
一人の人間を逆さまの状態からから引き揚げたのだ。
息も上がって。
肩で息をしながら、無言で私の前に立つと。
また二の腕を掴み、引っ張り上げる。
そのまま。
ずんずんと、来た道を戻り始めた。
全身全霊で、怒り狂っているのが、伝わって来る。
ぶん殴りたい。
そう思っている事も、解る。
だけど…。
だけどね、風柱様…。
屋敷に着くと。
心配していたのだろう。
屋敷の者たちが総出で迎えてくれた。
皆口々に、風柱様にお礼を述べて、涙ぐむ者までいて…。
その輪の中で、風柱様が抑えた声で告げた。
『…誰も、離れに近づくんじゃねェ!
いいか。』
風柱様のその迫力に、皆一様に震え上がるクセに。
屋敷の者達の、満場一致の晴れやかな顔ったら、無かった。
やいのやいのと騒ぎ立てる輪の中を突っ切ると。
風柱様が、連れて来たのは、まず。
源泉が湧き続ける、風呂だった。
露天へと続く戸を、ガラリと開け放ち。
『…頭 冷やしやがれェ!』
言うなり、私を、湯船に突き落としたのだ!
手に握り締めた“刻返りの花”の花弁を。
失わないように、そっと岩場のくぼみに隠して。
落とされた湯船から立ち上がろうとすると。
同じように風柱様も、湯船に飛び込んで。
私の襟元を掴むと、一気にそれを後ろに開いた。
肌も何もかも、曝け出されて。
髪の毛に、強引に指を絡ませて、私の顔を上向かせると。
噛み付くように、口付けられる!
刻み付けるような、激情を。
受けるのが、精一杯だ。
『……っ、ん…っ・…!!』
風柱様の首筋に、腕を絡ませて。
その身を預ける。
長い、長い口付けのあと。
ふと離れた唇。
一瞬、お互いの眼で確かめ合って。
…今度はゆっくりと、味わうように唇を重ねた。
【藤花の契 ⑩へ続く】