母は日に日にリハビリをして
回復していきました。
幸い、手足の麻痺もなく
退院することができました。
たまに言葉がつまったり
する事はありました。
帰り道、
「後、お酒飲まれないからね!」
「飲まないよ〜」
「だよね‼︎次飲んだら本当に死んじゃうよ」
「明日も来るからね!」
暫くの間、通院、買い物など
があった為
母の元へ、通っていました。
そんな日々が続いたある日
用事があり、実家に
連絡せず行った所
母はまた酒を飲んでいました。
顔は、明らかに酔っている。
「飲んだの?」
「飲んでないよ〜」
「鏡見てみて、顔違うよ!」
「酒臭いよ!」
私は怒りに震え、
家中お酒を探し、キッチンへ行き全部流しました。
無言で実家を後にしました。
酒を数時間おきに飲み続けて
体にアルコールのある状態が数日から数ヶ月も続きます。その間、食事を摂ることはほとんどありません。
明日また、行って見よう
実家に、母1人残しておくのは
心配でしたが、子供達もいた為
家へ帰りました。
翌日
母は泥酔していました。
昨日、捨てたはずなのに
テーブルには酒がありました。
近くのコンビニで買ってきたようでした。
そして、母は失禁していました。
母は、脳梗塞を起こしてから
身体には、影響がなかったのですが
タバコを吸い始めたりしていました。
かなりの量の、酒を飲んでいたので
その日は実家へ泊まり
翌日、心療内科へ連れて行く事にしました。
もう手には負えないと思い
入院をさせてもらうつもりで
いました。
母の失禁した後を
処理し着替えさせ
目が覚めるまで側にいました。
嘔吐しないか心配でした。
また、脳梗塞になるのではないか?
心配で朝まで眠れませんでした。
朝になり
「ねえ‼︎ねえ‼︎起きて‼︎」
「病院行くよ‼︎」
「なんで、病院行かなきゃないのよ‼︎行かないわよ‼︎」
「何でノエルに飲むなって指図されなきゃならないのよ‼︎」
「何でって?親だから心配だからでしょ?」
「もう、放っておいてよ」
「他人だったら、放っておくよ!」
「こんなに酔っ払って漏らしてる人なんか!」
続きます
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父の紹介
父は心臓バイパス手術を
しないと自分で決め
余命を静かに全うしながら
過ごしています。
父について母と交互に
書こうと思います。
私の父は大工です。
厳格な人でなんでも
相談したり
話せるような父ではありません。
職人気質なのか、
いつも怒鳴っていて、
幼い頃から、ずっと怖いイメージしか
ありません。
毎日、食事をする時も
ビクビクして食事をしていました。
父は母にいつも、何からしら
怒っていました。
私が幼稚園の頃
、母は妹を連れて1度
家を出ました。
夕方前、グリム童話の絵本を母から渡され
「これ読んで待っててね」
私はずーっと父が帰るまで、
その絵本を何度も何度も
読み返していました。
今でも、この絵本を
見ると辛いです。
次の日から
親戚全員が集まっていたのを
今でも覚えています。
心細く、泣いていた私を
父は苛立ち
「泣くんじゃない‼︎」
「泣くな‼︎」
と大声で怒鳴られ
その日以来、怖くて泣けなかったです。
その後、母は行方がわかり
家へ戻って来ました。
私は母に捨てられたと
いうトラウマが今でも残っています。
私の幼少期の記憶です。
小学校にあがる頃は
正月に夫婦喧嘩をし
父が母へ灰皿を投げつけ
母が頭に怪我をして
救急車で運ばれて
家へ警察が来ました。
仲良くしている、従兄弟の
家族が羨ましかったです。
自分の家に居て、息が詰まりそうでした。
逃げ出したかったです。
母も妹も同じ気持ちだったと思います。
母は不倫をしていました。
私が成人する頃まで続いていました。
当時は携帯などがなく、
電話しかなかった為
私が電話にでると
無言電話で何度も切られました。
父も気付きました
それも、妹の結婚式直前に‥
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追記
曼珠沙華の花言葉
悲しき思い出
あきらめ
情熱
独立
一ヶ月を過ぎた頃
リハビリをしながら
母は日に日に自分を
誰なのか理解できるようにまで
回復してきました
私のことは勿論のこと
妹の事も思い出してきました。
母から聞いた話によると
母はあの倒れた日
いつものように飲酒をして
いたようです。
何日も飲み続け脳梗塞になったようでした。
とても寒い日で
睡眠薬も飲んでいた為
寝たまま、脳梗塞を発症しました。
そして偶然に
石油ファンヒーターが
3時間で消火された為に
低体温になりながら
冬眠したと同じような状況
になったと思います。
そしてある日のこと
「お母さんね、あの日
ノエルの所に行ったんだよ。。」
「でも、ノエル、子供達をお風呂に入れてて、
何回も呼んだけど気づいてくれなくて」
「それで??」
「暫く、ノエルの家にいたんだけど寝てしまったから」
「妹の所に行ったり、ばあちゃんの所行ったり、
お父さんの所にも行って話しかけたんだけど
誰も気づいてくれなかったのよ」
「それで??」
「自由にあちこちに行けたから、寺とか神社にも行ったし、
後、大きな病院にも行ったんだけど」
「誰も気づいてくれなくて」
「暫くしたら念仏が
聞こえてきてね、
大きな数珠をを回している人が
いっぱいいて
お母さんがその輪の中に
入って、誰かに
後、動かないでじっとしてなさい!」
って言われて
念仏を唱えながら
暫くその輪の中にいて
目が覚めたら
病室にいたのよ。。
そっか…
「ねえ?その時ってものすごい速さであちこち行けた?でしょ?」
「あ!そうそう」
「体がすごく軽くて次々にいろんな所に行けたよ」
「先祖の人か誰か助けてくれたのかもね」
「そうだね」
なんて話をしました。
私も次女を出産する時
不思議な体験をしたので
そう思いました。
母は病院で入院中は
アルコールが飲めない状況
にいたので、昔の母に戻った
感じでしたが
そうではない事をまた
思い知らされます。
次へ続きます。
「お座り下さい」
父、私、妹
3人で先生の前に
「お母さんですが、記憶を失くされているとおもわれます。」
「高次脳機能障害」
と言われるものです。
※高次脳機能障害
主な原因は、脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)です。 次いで、交通事故による頭部外傷や脳腫瘍、脳炎、低酸素脳症が挙げられます。 患者が高齢になるにつれて、脳卒中によるものが多くなります。 主な症状は、失語症や記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害です。
「一時的なものか、そうでないのか、今現在わかりません。」
「ただ、3日間低体温でいて、意識不明のまま、目覚められたのも奇跡としか‥
なので、これからはリハビリしながら、治療を進めたいと思います。」
「簡単に説明すると、電気コードがショートして、ついたり、消えたりしてる状態だと思います。」
「別人格になる方もおられます」
「ただ、命だけは助かりました」
私達は、先生の説明に、
固唾を飲んで、聞いているだけで、
質問できずに診察室を後にしました。
父は黙ったまま、何も話ませんでした。
私と妹は
「高次脳機能障害って交通事故とかあった人がなったって聞いた事あるけど」
「いつか、全部思い出してくれるのかな?」
「子供達連れてく?」
「そうしよう‼︎」
「孫の事は覚えてるかもしれないじゃん」
「そうだよね‼︎」
パズルを1つずつ、はめていくように
ゆっくりゆっくり、見守っていこう
それから、次の日
母はICUを出て
個室に、移り
家族、親戚みんなが次々に
病院へ行きました。
母は女の子のよう
になっていました。
私を幼稚園児のままと
思っていて、
「ケーキ食べたいね‼︎」
「ショートケーキ」がいい?
「チョコレートケーキがいい?」
お母さんはね、
「ショートケーキがとっても食べたいの❤️」
と
私が子供の頃の母のようでした。
「母さん、名前は?」
と聞くと
「‥‥」
「年齢は?」
「‥‥」
「住所は?」
「‥わからないよぅ」
と
数日後
病室から出て、
自分の部屋に戻れず
病院の中を歩き周り、
看護師が慌てて
見つけたそうです。
それからは、母には
名札がつけられました。
首から下げるタイプ
のものでした。
氏名
年齢
脳神経外科
〇〇〇室と
母に毎日会いに行きました。
たわいもない会話でしたが、
少しづつ、少しづつ
記憶が、よみがえってきました。
氏名
年齢
住所
電話番号
家族の名前を思いだすのに
1か月位かかりました。
そして、母の口から
驚く事を聞く事になります。
続きます

酸素マスクをつけ、まだ、いびきをかいて
昏睡状態でした。
頭は包帯を巻いていました。
色々なモニターがついていました。
看護師がオムツを替えていました。
尿道カテーテルは入っているようでしたが、
便の方はオムツをしなければならないようでした。
私は手を握る事しか出来ませんでした。
その手は小さい頃の
母の手とは違う手でした。
柔らかく温かい手ではなく、
しわしわで浮腫んだ手でした。
小さい頃は母が手を握って
くれていたのが
今は私が母の手を握っている‥
妹が母に、一生懸命話かけていました。
「母さん、みんな待ってるよ‼︎」
「早く起きて」
ICUから出て
父のもとへ
「一旦、家に帰ろう」
「いつ、目覚めるかもわからないから」
「そうだな‥帰るか」
ナースステーションに寄り、
一旦、帰る事を伝えました。
目が覚めたら連絡くれると
いうことでした。
父を家に送り
家路に、着きました。
次の日は、祖母、叔父が父を車で
病院へ連れて行ってくれたので
私は、病院へは行きませんでした。
3日目
お昼過ぎ
携帯に、父から電話が入りました。
「母さん、目を覚ましたから病院来れるか?」
「直ぐ行く」
妹にも、電話をし病院へ迎いました。
私より、妹の方が早く着いていました。
人工呼吸器は、外れていました。
妹は悲しそうな顔をして
母の、ベッドのそばにいました。
「どうした?」
「母さん。私の事わからないみたい‥」
「は?」 「なんで?」
「あなた、誰?」
って言われた
妹は愕然としていました。
私は直ぐ妹の、隣に行き
「母さん、私わかる?」
‥‥‥
「母さん‼︎」
「あー〇〇ちゃん、今日、幼稚園楽しかった?
お弁当ちゃんと、食べて来たの?」
‥‥
私の事は、覚えて居るようだけど
話がチグハグで
小さい頃の私と思っているようでした。
父の事は覚えて居るようで、
「仕事は今日休みなの?」
とか聞いていました。
主治医からまた、説明がありますので
と看護師からされて、
呼ばれました。
「どうぞ、お座り下さい」
続きます

