日本はありとあらゆる場所が騒音で溢れている。バスに乗れば行動を制約されるかのような配慮をされ、買い物をしようとすれば耳ダコができるような放送を聞くことになり、家にいてもどこからともなく宣伝や放送が聞こえてくる。このような状態は、おせっかいな考えが生む「音漬け社会」と言えるが、布教活動とも言えるようなその音を疑問に感じる人間はほとんどいない。それは、日本人が他人の気持ちを考えることを重要視するあまり、個を失い、自分の気持ちを押し殺しているためではないか。「優しさ」という名の暴力がまかり通る世の中になっているためではないか…。
強烈な視点と例材からの社会への糾弾は呆気にとられました。日本人は他人に優しさを期待するということや、公的な音であれば無意識に許容してしまうことなど、鋭い指摘がなされていると思いました。ですが、日本社会は良くも悪くもおせっかいが必要な人間によって動かされてしまうものであり、おせっかいをする(そのような放送をする)人間を悪だとして、文句を言うのは筋違いかな?と思いました。
(尚トク)