過剰な自己愛についてもうひとつ。
私は彼とのことでもそうですが、色々うまくいってるときは必ず調子に乗ります
笑
「私ってすごい
」
「私以外に誰がこんなことを成し遂げられるというのだろう
」
「私は天才
」
「私って愛されている
」
過剰な自己愛と優越感の全てに浸るし、人にも「褒めて褒めて
」のうっとうしいエネルギーを出しまくりますw
それも表面的には「いえいえ、私なんて全然
」って謙遜してる風に見せかけて、エネルギー的には賞賛を求めるタイプ
そんなのみんなそうだよって感じかもしれませんが、私も他人のそれはあまり気にならないし、なんだったら「可愛い
」とさえ思います
でも自分のそれに気付くと「あーもうヤダ
」って激しく自己嫌悪
私は自分のことを全然そのまんまでオッケーできてないんだな〜ってつくづく思いました、今
笑
でも神様(宇宙)はそんな私も許して愛してくれてるのに、人間が自分を裁くなんておかしいですね
恥ずかしながら他人へのジャッジもまだまだバリバリあります
最近でこそ、ふと自分や他人をジャッジしてしまう度に「そんな風に思っちゃダメね」ってすぐに気付くところまでは来れたけど、根本的にジャッジ心はあります
本当に相手は鏡だと思うのが、マイツインもジャッジが激しいタイプで、少し前までの私たち、人の悪口でばかり盛り上がっていたのは事実です(本気で恥ずかしいです
)
言い訳をすると、高校の同級生という関係上、2人で話してるといつまでも高校生気分のままだったんですが、いつの頃からか、私たち、人の悪口言わなくなりました。
なんというか、それって劣等感の裏返しでしかなかったことをなんとなくお互いに察するようになってきた感じがあります

学生時代って、まだ未熟だからみんなすぐ人の悪口言っちゃうけど、それって本気でその人が嫌だとか嫌いとかじゃ全然ないのに「あいつってあーいうとこあるよな、別にいいけどさ」みたいに言うのって、自分が上から見下ろしてるみたいな強くなったような錯覚に陥るんですよね
私も彼もスクールカーストのサバイバルをなんとかうまく生き抜いてきた自負が強かったので、特にこの手の話題を好むところがあり、あと悪口はお互いを信頼してることの証明みたいな気持ちもありました
「お前にだから言うけど」
「あんたにだから話すけど」
って前置きして悪口を言うことでしか、お互いを大切に思ってることを伝えられないと思っていた未熟さでしたね〜
なんですが、2人で悪く言ってた相手が親切にしてくれたことを話すような流れを何度か経て、なんだかバツが悪いような、「ちょっと俺たちだせーよな」って空気が流れはじめ、最近はほんとにそーゆーのなくなりました

そうなってきた私たちにとって、じゃあこれからはどんな手法でお互い大切に思ってることを伝え合えばいいのか、は暗黙ながら大きなテーマだったように思います
そしてまだその答えは見つかっていないというのが正直なところです
素直に「お前は大事な存在だ」って言えばいいだけだし、私は言えるけど彼はまだ言えなくて、「お前も大事だけど家族も大事なんだ」って本音を言っちゃうとまた私が怒ったり傷ついたりすると思って言えないと思ってくれてる配慮なのもわかるので、ほんとに難しいテーマだなぁと思います
昨年の夏、再会からのあわや統合
と思うところまでいったのですが、秋にまた2人にとっては大きな試練が訪れ、私は学びを深めてたから100点満点の対応ができたと思ったのですが、そこからじょじょに歯車がズレてきて、今はまた彼の既読スルー発動中です
私はこれについて「私の波動が上がりすぎてて周波数帯に差ができすぎちゃってるのかなぁ
」って過剰な自己愛発揮のおめでたい考えを持ってたのですがw、今やりとりを見返してみると、やっぱり100点満点の対応の中に余分なエネルギーくっついてました〜
「こんな風に言えちゃう私、すごいでしょ
」
「私って大人だよね〜
えらいでしょ
」
冒頭の褒めてほしいエネルギーからの、自分を優越ポジションに置いてしまってるので、おそらく彼が受け取ったのは劣等感
そしてこれはツイン云々以前に、私は昔から人間関係の中でやりがち

自分の中で正解を探しながら人と接してしまうクセがあり、ほんとに相手を思いやってとか、ほんとに感謝してるから伝えるとか、あんまりそういう真心で人と付き合えてなかったような気がします
全く無いわけじゃもちろんないけど、いつもどこか愛より正解を探ってしまって、自分的な大正解を導き出せた(こう言われたら相手は絶対うれしいはず
みたいな)と思ったら、「私、すご〜い
」が先に来ちゃうから変なのがくっついちゃうw
ある意味めちゃくちゃ素直とも言えるかもw
これ、どうしたらいいか今度なにかの機会があれば聞いてみようと思います
