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i am so disappointed.

先日、日曜夜のルーティーンとして、TOKYO FMで放送されている「SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記」をradikoで聴いていた。「日本語に聴こえる洋楽フレーズで漫遊記」というテーマであった。パーソナリティーの草野マサムネも番組内で言っていたように、「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」だとか「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」の「この歌はこんな風に聞こえる」でお馴染み、英語で歌われているのだが、なんとなくまったく別の意味の日本語にも聞こえなくはないし、そう認識してしまうとそれ以降はもうそうとしか聞こえないというようなタイプのやつである。

 

オジー・オズボーンの「月に吠える」こと「バーク・アット・ザ・ムーン」が「バカだもん」に聞こえるという、懐かしの大ネタが紹介されていたりしてとても良かった。個人的にはやはりクイーン「キラー・クイーン」の「Gunpowder, gelatine」というところが「がんばれタブチ」に聞こえるのなどがひじょうに印象に残っていたのだが、これを知ったのは「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」でも「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」の「この歌はこんな風に聞こえる」でもなく、「全米トップ40」の「坂井隆夫のジョークボックス」であった。

 

「全米トップ40」というのは、かつてラジオ関東というラジオ局で土曜の深夜に放送されていた番組である。当時、私はBCLラジオなどと呼ばれる高性能なラジオでこの番組を長距離受信し、ヒットチャートを大学ノートに記録したりしていた。番組名から想像できるように、全米シングル・チャートの上位40曲を紹介する番組である。当時、アメリカで放送されていた番組を流しながら、合間に日本のパーソナリティー達が解説などを入れていくというスタイルであった。メインパーソナリティーは作詞家としても活躍していた湯川れい子、それからラジオ関東の局アナだったらしい坂井隆夫、若手アシスタント的な役割で後に音楽評論家として活躍する矢口清治やスヌーピーこと今泉恵子が出演していた。「全米トップ40」の後は大貫憲章の「全英トップ20」が放送されていたのだが、スヌーピーこと今泉恵子はこれにも続けて出演していた。その後は確か伊藤政則のハード・ロック/ヘヴィー・メタル的な番組が放送されていたと思うのだが、渋谷(陽一)や大貫(憲章)がかけてる暗い音楽ばかり聴いてちゃダメだ、的なことを言っていたような気がする。

 

伊藤政則は基本的にハード・ロック/ヘヴィー・メタルを紹介する人であり、見た目からしてそんな感じではあったのだが、一時期、ニッポン放送でかなり幅広いリスナーを対象にした番組をやっていたり、「夕やけニャンニャン」に出演していたりもした。ニッポン放送の番組ではシンディ・ローパー「ハイスクールはダンステリア」の邦題がおかしいと指摘していたり、佐野元春の「VISITORS」について、好き嫌いは別としてこの試みは評価されるべきだ、というようなことを言っていたような気がする。また、「夕やけニャンニャン」ではポストとんねるず的なポジションで、ちびっこギャングなどと共にレギュラー出演していたお笑いコンビ、パワーズの1人から容姿をいじられ、露骨に嫌な顔をしていた記憶がある。

 

「全米トップ40」は土曜の深夜に放送されていたのだが、つまり「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」の裏番組でもあったということである。「坂井隆夫のジョークボックス」と「この歌はこんな風に聞こえる」というひじょうによく似たコンセプトのコーナーを持つ番組が、同じ時間帯に放送されていたということになる。しかし、草野マサムネも番組で言っていたように、「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」という番組の性格上、「この歌はこんな風に聞こえる」では、主に日本語では放送禁止用語にあたるかもしれないエロワードを含むものが選ばれる傾向にあった。ちなみに、田中康夫に現代の春歌であるなどと揶揄されてもいたサザンオールスターズの桑田佳祐による歌詞は放送禁止になったこともあるのだが、英語ならば問題ないだろうと、歌詞に「oh, man go」だとか「man call」といったフレーズを入れていたことが思い出される。

 

この「全米トップ40」なのだが、80年代に放送されていた原盤に解説を加えるようなかたちで現在復活していて、当時の「全米トップ40」にも出演していた矢口清治がパーソナリティーを務めている。ラジオ関東は1981年の秋にアール・エフ・ラジオ日本に社名変更したのだが、現在の「全米トップ40 THE 80'S DELUXE EDITION」もやはりこの局で放送されている。

 

「全米トップ40」のオリジナルのバージョンは当時、FENで聴くことができた。佐野元春「NIGHT LIFE」で「FENからロックンロール ダイナマイトみたいなクレイジーナイト」と歌われたり、秋元康が作詞したおニャン子クラブの曲に「FENを聴かせて」というのがあったり、当時のポップ・カルチャーではこのFENに言及される場合がわりとあったり、アーティストのインタヴューなどを読んでいるとFENが洋楽を聴きはじめるきっかけだったというようなことが語られていたりもした。

 

このFENというのはFar East Networkの略であり、在日米軍の人々や家族のために放送していたラジオ局のことらしい。アメリカ人向けなので放送はすべて英語で行われているのだが、これが当時の日本の若者にはカッコよくおしゃれに感じられたり、英語の勉強にも役立つとされていたりもした。FENの番組を教材にした語学雑誌なども出ていたりして、実は私も何度か買ったことがある。FENのことはエフ・イー・エヌとそのまま発音するのが普通だとは思うのだが、フェンと発音するのがカッコいいとされていたような気もする。

 

しかし、中学生や高校生の頃、私は北海道の旭川に住んでいて、自衛隊は有名だったが米軍などは無かったので、FENのサービスエリアではなかった。しかし、BCLラジオというものを持っていたので、短波放送でなら聴くことができた。「全米トップ40」の原盤、つまり「American Top 40」はFENで土曜の午後に放送されていたような記憶がある。高校を卒業して東京で一人暮らしをすると、AMラジオで普通にFENを聴くことができて感激した。当時、シャーデーの「スムース・オペレーター」がよくかかっていたことが思い出される。

 

それはそうとして、土曜の深夜に「全米トップ40」で最新のヒットチャートをチェックするのだが、いくら気に入った曲がたくさんあったとしても、買えるレコードには限りがある。そこで、FMラジオからカセットテープに録音してコレクションを増やしていった。このFMラジオからカセットテープに録音をするだけの行為のことを、なぜか当時はエアチェックなどという気取った呼び方をしていた。現在のFM放送のように曲の紹介がイントロとかぶったり、曲の途中でフェイドアウトされることも少なく、FMラジオでは原則的に曲がノーカットでかかった。これをエアチェックしてコレクションを増やす音楽ファンが多かったことから、当時はどの番組でどの曲がかかり、それは何分何秒あるかというような情報が載ったFM情報誌と呼ばれるものが何種類も発売されていた。具体的には、「FMレコパル」「週刊FM」「FM fan」「FM STATION」などである。

 

それぞれの雑誌にはオーディオ情報が充実している、クラシック音楽の記事がたくさん載っている、ビルボードと提携していて最新チャートが掲載される、などそれぞれに特徴があった。当時から単なるミーハーで、モテたいという目的のみでポップ・ミュージックを聴いていた私は、山下達郎「FOR YOU」のジャケットなどで知られる鈴木英人のおしゃれなカセットレーベルが付いたり、アイドル歌手が取り上げられることが多かった「FM STATION」を購読していた。

 

「全米トップ40」ファンにとってたまらない番組があり、それは日曜の夕方にNHK-FMで放送されていた「リクエストコーナー」である。まずタイトルにまったく何のひねりも感じられないところがとても良いのだが、パーソナリティーの石田豊という方がとても落ち着いていて、曲名とアーティスト名、ヒットチャートの順位といった必要最低限の情報以外はほとんど言わず、ただただストイックに次から次へとノーカットで曲をかけていく。これがとても助かった。全米ヒットチャートの上位40位ぐらいに入った曲なら、この番組を毎週エアチェックしているだけで、ほとんど集めることができたのだった。全英ヒットチャートにランクインしている曲をかけるパートも少しだけあった。また、ヒットチャート特集は隔週なのだが、それ以外の週にも最後の方にヒットチャートの曲を少しだけかける場合があるのでまったく気が抜けない。同じ曲が何度もかかることはひじょうに少なく、毎週、できるだけ以前とはかぶらない選曲がされていたように思える。日本盤が発売されていない曲も、全米ヒットチャートの上位にさえ入っていれば何でもかかった。

 

毎週の選曲や曲順には、チャートの順位の他に意図がほとんど無い。かかった順番に録音、というかエアチェックしているだけなので、同じ週のヒットチャートに入っているということだけが共通しているいろいろなタイプの曲が無節操に録音、というかエアチェックされたカセットテープがどんどん増えていく。これを勉強しながらや寝る時をはじめ、日常的に聴いていたので、音楽の聴き方に節操がなく、メジャーで売れているものが好きで、マイナーでアンダーグラウンドなものはあまり好きではなくなった可能性も考えられる。

 

「リクエストコーナー」を録音するためのカセットテープは、旭川の豊岡にあったクスリのツルハで買っていた。レコード店などで買うよりも安かったからである。クスリのツルハは現在、ツルハドラッグとして全国展開しているが、発祥は旭川であった。

 

「SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記」はまるで同世代の音楽好きの部屋でレコードやCDを聴きながら音楽談議をしているような気分が味わえる、とても楽しい番組なのでおすすめである。