フリッパーズ・ギターの「カメラ・トーク」といえば個人的にこれまで聴いてきた中で2番目ぐらいに好きなアルバムで、昨年(2020年)の6月6日にはついに発売30周年だとばかりに、想い出がいっぱい(H2O)的なブログ記事を書いて、大人の階段上る君はまだシンデレラさ状態だった訳だが(もうええって)、今年はすっかり忘れていたのだった。30周年というとなんとなくアニバーサリー的な気分が盛り上がるものだが、31というのはどうにも中途半端というか、サーティーワンアイスクリームか掛布雅之の背番号ぐらいしか思い浮かばないというもの。
それよりもフリッパーズ・ギターといえば「カメラ・トーク」の翌年にリリースされた「ヘッド博士の世界塔」が7月10日で発売30周年で、今年はそっちの方で盛り上がるのではないかと思っていて、すっかり油断していたということもできる。それでどうして思い出したかというと、その日の朝に起きて適当にいろいろなことをやった後になんとなくTwitterのアプリをタップして開くと、私が最も好きなフリッパーズ・ギター関連の文章を書かれた方のツイートが目に入り、それからなんとあの牧村憲一さんが私が1年前に書いたブログ記事を引用リツイートしてくださっていたことによってである。
牧村G憲一@makiji
一年前のブログを、一年後の今日再度読ませて頂きます。 https://t.co/FyOiosJVaX
2021年06月06日 03:03
牧村憲一さんの「ニッポン・ポップス・クロニクル 1969-1989」といえば、日本のポップ・ミュージックについて書かれた書籍の中でも屈指の面白さである上に貴重な証言のオンパレード、おまけにとても良い感じの透明なカバーがかかっているので、湖池屋ポテトチップのりしおなどを食べながら読んでいても表紙を汚さずに済むという素晴らしさである。いまは無き仙川の書原でこの本を見つけ、パラパラと立ち読みをして、これは面白い!買う!と決めてレジに持っていった。シティ・ポップや「渋谷系」というかフリッパーズ・ギターのことがいろいろ書いてあって面白そうだなと思って読みはじめ、確かにとても面白かったのだが、まさかの忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」にまつわるとても良い話なども載っていてこれは最高、と思わずにはいられなかったのである。
物に対する執着がほとんど無く、何でもバッサバッサと捨てまくる私がこれは手元に置いておきたいと引越し先に持ってきた数少ない本のうちの1冊である。
そう、「カメラ・トーク」の発売30周年から31周年までの間に、私は妻と2匹の猫と一緒に引越しをしたのだった。京王線の柴崎というなかなかマイナーな駅の近くであり、ここには「カメラ・トーク」を渋谷ロフトのWAVEで買った30年前にも住んでいた。それから、「渋谷系」という単語が世間一般的にも流通していた90年代半ばには幡ヶ谷とはいえ渋谷区民でもあった訳だが、DJイベントに行ったこともなければDJ感覚でレコードを買った経験もないので、「渋谷系」とはまったく関係がない。当時は一人暮らしだったが、いたいけな女子大生をワンルームマンションの部屋に招待するということはなんとなくやっていて、それでも特に何をする訳でもなく、一晩中、ザ・スミスのレコードをかけながらモリッシーの歌詞について解説したりするというていたらくであった。
ところで柴崎に引越すために机の下の引き出しに入っていたものなどを全部取り出して、いる物といらない物に分けたりということをやっていたのだが、その過程でとっくに失くしたと思っていた「カメラ・トーク」購入特典のオレンジ色のキーホルダーのようなものが出てきたりもした。30年以上も経っているというのに、保存状態はムダに良かった。ハイチュウの広告だと思われるカヒミ・カリィのポストカードなども出てきて、いろいろ感慨深かった。
引越した当日は大滝詠一「A LONG VACATION」発売40周年の前日で、午前0時にレヴューを上げる約束をしていたため、必死でそれを仕上げていた。翌日、そんな引越しをした当日はフリッパーズ・ギター「GROOVE TUBE」の発売30周年記念日だったと思い出し、あわててそれについての文章も書いて上げた。あれからまだ2ヶ月半ぐらいしか経っていないのか、と感じるほどにはもうすっかり調布市民としての生活に慣れてきている。いや、快適である。WHY@DOLLファンの某お方もわりと近所に住んでいるらしい。
それで、発売31周年だということを思い出しはしたのだが、それで「カメラ・トーク」を聴き直したかというと、今年はそうはしなかった。生涯で2番目ぐらいに好きなアルバムであることに変わりはないし、必要な時にはどうせ聴くのだが、今年のその日は必ずしもそうではなかったということである。以前にも書いたような気がするけれども、あれは青春のアルバムである。個人的にいまはそんな気分ではなかったというか、黒光りした戦闘状態というか、気がつくとiPhoneのメモに「愛のために憎しみをもって悪を制す」などとわりと真剣に打っていたりもするので、「カメラ・トーク」という感じではなかった。
ところで、「ヘッド博士の世界塔」については「カメラ・トーク」ほどに強い思い入れもないので、30周年だからといってろくなことは書けないのだが、それでもなんとなくアニバーサリー気分には乗っかりたいなと思っていたところちょうどよいオファーがあったので、それで解消ができてよかった。

