… -50ページ目

i am so disappointed.

1987年6月27日付の全米シングル・チャートでは、ホイットニー・ヒューストンの「すてきなSomebody」が1位になったとのこと。まず私はこの「すてきなSomebody」みたいな邦題がものすごく好きなわけだが、当時から好きだったのかというと実はそうでもなかったような気がする。この曲の英語のタイトルは「I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me)」で、直訳すると「私は(私を愛している)誰かと踊りたい」ということになるのだろうか。

 

ところで同じ週、イギリスではザ・ファーム「スター・トレッキン」、日本では中森明菜「Blonde」がシングル・チャートの1位だったようだ。個人的には小田急相模原に住んでいた女子高生とデートや交換日記、部屋で焼うどんをつくるなどの活動がメインとなっていたため、ポップ・ミュージックをそれほど熱心に聴かなくなっていた時期ではある。この年といえば2月に忌野清志郎の「レザー・シャープ」のライブに行ったり、4月に渋谷のCSVというレコード店でピチカート・ファイヴ「カップルズ」とZELDA「C-ROCK WORK」を買ったことなどが思い出される。CSVは西武のWAVEに対抗してダイエーが出店した若者向けの店だったようだが、いつの間にかなくなっていた。日本のインディーズなども充実していて、有頂天のケラがナゴムレコードから出していたチューリップ「心の旅」のカバーが収録されたレコードなどを買った記憶がある。

 

それはそうとして、ホイットニー・ヒューストンはゴスペル、ソウル歌手であるシシー・ヒューストンの娘として生まれ、幼い頃から音楽に親しみ、10代にしてバッキングシンガーとしてステージに立ったり、モデルとして活動したりしていたらしい。1985年にはデビューアルバム「そよ風の贈りもの」をリリースするのだが、ここから「すべてをあなたに」「恋は手さぐり」「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」の3曲が全米シングル・チャートで1位に輝くという好調なすべり出しであった。

 

「すべてをあなたに」は日本でもなんだかお洒落なテレビコマーシャルに使用されていた記憶があるのだが、それが何だったかはよく覚えていない。当時、私は高校を卒業し、東京で一人暮らしをはじめた1年目だったのだが、池袋のビックカメラで生まれて初めてウォークマンを買った。ハーフタレントのマリアンが「みんな行け行け池袋!」とCMでシャウトしていた頃の話である。ウォークマンは80年代に入ってからずっと若者の流行アイテムではあったのだが、高校生までは家族や友人などと話をする機会も多く、外で一人で音楽を聴きたいという欲求もそれほどでもなかった。ましてやひじょうに高価でもあったので、コストパフォーマンス(という言葉はまだ知らなかったが)がまったく見合わないと感じていた。ところが、東京で一人暮らしをはじめるととにかく孤独であり、耐えきれずにウォークマンを買った次第である。ヘッドフォンで音楽を聴きながらだと、見慣れた街の風景がまるでプロモーションビデオ(現在でいうところのミュージックビデオ)のように見えなくもない、というさんざん言い尽くされていたあるあるをいまさらながらに実感したりしていた。

 

渋谷駅を出たところでよく分からない露天商が輸入物のカセットテープを1,000円で売っていて、あれは法律的に問題がなかったのかいまだに疑問なのだが、とりあえずホイットニー・ヒューストンのカセットを買った。それで、ウォークマンで聴きながらセンター街などを歩いたのだが、シティー・ボーイにでもなったかのような錯覚に陥ることができてなかなか良かった。

 

ホイットニー・ヒューストンは歌が上手い。特にバラードではその真価が発揮される。個人的にはアップテンポの曲の方が好きな場合が多く、バラード主体の本格派の歌手には退屈してしまうこともあるのだが、ホイットニー・ヒューストンはアップテンポな「恋は手さぐり」でも1位になっていて、そこがとても良いと感じていた。この曲はボーイ・ミーツ・ガールというポップデュオとしても活動していた、ジョージ・メリルとシャノン・ルビカムによって提供されていた。当初はジャネット・ジャクソンのために書かれたようなのだが、ボツにされたのでホイットニー・ヒューストンが歌うことになったらしい。

 

デビュー作の大成功によりトップアーティストの仲間入りをした感もあるホイットニー・ヒューストンが2作目のアルバム「ホイットニーⅡ」の先行シングルとしてリリースしたのが「すてきなSomebody」で、作者は「恋はてさぐり」と同じジョージ・メリルとシャノン・ルビカムである。ミュージックビデオからしてひじょうに垢抜けた感じが見られ、とても好ましいのだが、曲そのものもいわゆる80年代ポップスの良いところを凝縮したかのような素晴らしさがあるように思える。ところがこの曲、当時大ヒットはしたものの、批評家からは賛否両論だったようだ。

 

私も実は熱心に聴いていたわけではなく、「ホイットニーⅡ」を買ってすらいない。メジャーなヒット曲として認識はしていたし、基本的に売れているものは好きなので、そのレベルで良いなと感じていただけである。

 

それから時は流れておそらく00年代に入ってからなのだが、京王線の最果てというか、住所としてはもはや相模原市にある橋本駅の近辺にいたところ、突然スピーカーからこの曲が流れ、とても良いのではないかと感じた記憶がある。それから「ホイットニーⅡ」をCDではなく、データで購入した。今日ではフィジカルと呼ばれたりもするCDやレコードを物として所有することに執着がない、というかむしろ部屋に物が増えるのは嫌だと感じてしまう私は00年代のある時期、いわゆるサブスクなるものが普及する以前から音楽は基本的にデータで買っていた。

 

ナラダ・マイケル・ウォルデンがプロデュースしたサウンドはあの時代を感じさせるが、その強度ゆえに普遍的な魅力も感じられる、という点ではジャンルこそ違えどプリファブ・スプラウト「スティーヴ・マックイーン」などに近いものがあるのではないだろうか。ジャム&ルイスがプロデュースしたジャネット・ジャクソンの「コントロール」とか。「リズム・ネイション1814」ではなく、「コントロール」の方。

 

ホイットニー・ヒューストンの熱心なファンではまったくなかったのだが、ほとんど同世代のスターとして内心いつも応援はしていた。「すてきなSomebody」のミュージックビデオなどを見ると本当に良いなと感じるし、あの頃、厚木キャンパスに通っていた仲間達は今頃どうしているのだろうと、懐かしい気持ちになったりもする。そして、そういえばホイットニー・ヒューストンはもうこの世にはいないのだな、という現実を思い出して愕然としたりもする。