7月16日は松本隆の誕生日だということなので、その数ある作詞曲の中から個人的に好きな20曲を選び、カウントダウンしながら個人的な思い出などをだらだら書いていこうという回である。
20. 卒業/斉藤由貴 (1985)
さて、ベスト20ということで惜しくも圏外になってしまった曲ももちろんたくさんあるのだが、こういうのはその時の気分や体調に左右される場合も少なくはないので、別の日にやったとしたらかなり違っている可能性は否定できない。ちなみに今回、21位で惜しくもトップ20入りをギリギリで逃したのは安部恭弘「STILL I LOVE YOU」だったのだが、まあそれは良いとして、1985年の春にヒットした斉藤由貴のデビューシングルである。制服の胸のボタンを下級生がねだる、という文化はいまでもまだあるのだろうか。この年は実際に私が高校を卒業して東京に出て行くということもあったので、曲の内容と重なる部分もあったのだが、他に菊池桃子、尾崎豊、倉沢淳美も同じタイトルで別の曲をリリースしていた。シンセが使用されているのだが無機質ではないというか、温かみのようなものが感じられるところがとても良いと思った。「青春という名のラーメン」とかいうカップラーメンのCMソングでもあったような気がする。
19. 赤道小町ドキッ/山下久美子 (1982)
新宿ルイードとかいうライブハウスで大人気で「総立ちの久美子」などといわれているという話があった。佐野元春とも「So Young」で共演していたはず。この曲は化粧品のCMソングとしてヒットして、歌番組には本物の象に乗ってでてきたことなどが印象に残っている。ロックのイメージがひじょうに強かったが、テクノ歌謡的な側面もあったことに後になってから気づく。
18. Romanticが止まらない/C-C-B (1985)
大学受験で東京のホテルに泊まっていた時にテレビドラマ「毎度おさわがせします」で流れていて、テクノポップ風のサウンドとハイトーンのボーカルが気になったような気がする。その後、大ヒット。カラオケで「切なさは」の後で「フー」のタイミングがキマった時の快感は異常。松本伊代「Last Kissは頬にして」(1986)における「人影のないカフェバーで最後に聞いたデュラン・デュラン」「女子大生は今夜でもう卒業よ」の下世話さも大好きだが、今回は圏外。
17. 代官山エレジー/KIRINJI (2002)
藤井隆に提供した曲のセルフカバー。男の強がりのようなものを描きがちな松本隆の歌詞の良いところが出ていて(わざと邪険にね背中向けたのは 涙を誤魔化していただけ」など)、それがKIRINJIのシティ・ポップ的なサウンドやボーカルにうまくハマっている。「毎日君だけ見つめて生きてたから 胸の切り抜きは君のかたちさ」などのフレーズに身悶える。
16. シンプル・ラブ/大橋純子&美乃家セントラルステイション (1977)
ヒットした「たそがれマイ・ラブ」「シルエット・ロマンス」などが有名だが、この曲はパワフルなボーカルとソフィスティケイトされたサウンドが素晴らしい、最高のシティ・ポップ。「シンプル・ラブ 考えすぎねあなた シンプル・ラブ 心の向くまま」にはニューミュージックからシティ・ポップ、70年代から80年代といったよりライトでポップな方向へと向かうベクトルが感じられるような気もする。
15. 星間飛行/ランカ・リー=中島愛 (2007)
テレビアニメ「マクロスF」は1秒たりとも見たことがないが、この曲は架空のアイドルポップスをイメージしたようなのだが、「キラッ!」というところが特に良い。NegiccoのNao☆ちゃんが品川のカラオケ大会(という名のライブ)で歌っていた。
14. ハイスクールララバイ/イモ欽トリオ (1981)
視聴率100パーセント男(一週間の冠番組の視聴率を足すと100パーセントを超えるとかでそう呼ばれていた)こと萩本欽一の番組からデビューした3人組のデビューシングル。グループ名は田原俊彦、野村義男、近藤真彦のたのきんトリオと、YMOからインスパイアされていると思われる。たった一年前に世の中を席巻したテクノブームは早くも下火になり、YMOの細野晴臣自身がハイクオリティーなテクノポップパロディーを試みたようにも聴こえる楽曲。
13. ハートブレイク太陽族/スターボー (1982)
松本隆自身が「全然記憶がない(笑)」「なにがどうなってああなっちゃったんだろう...」などと語っているという、宇宙からやって来た性別不詳のアイドルグループによるデビューシングルにしてテクノ歌謡の名(迷)曲。
12. September/竹内まりや (1979)
ニューミュージック全盛期の70年代後半はフレッシュアイドル受難の時代でもあったのだが、一方でニューミュージックのフレッシュなアーティストがアイドル的な受容のされ方や売り出し方をされたりもしていた。竹内まりやにもその印象が強く、中村雅俊が教師役を務めたテレビドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」では不良少年達が部屋で竹内まりやのレコードをかけ、ジャケットを見ながら「竹内まりやちゃん可愛いな~」などと言っているシーンがあったような気がする。おそらくその頃のヒット曲だが、別れを告げるために借りていた辞書の「ラブ」という言葉だけ切り抜いて返すというところが印象的で、これを「オールナイトフジで」B21スペシャルとオールナイターズの誰か(新関捺美だったような気もするが、定かではない)が演じていた記憶がある。
11. 君に、胸キュン。-浮気なヴァカンス-/イエロー・マジック・オーケストラ (1983)
化粧品のCMとしてオリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録した。この年をもって解散ならぬ散開をするYMOが自らテクノ歌謡化したような楽曲。かわいいおじさん的なイメージのミュージックビデオも当時は話題になった。
10. タイム・トラベル/原田真二 (1978)
デビューからいきなりシングルを立て続けにリリースしてはヒットを連発、洋楽的なセンスが感じられる音楽性と甘いルックスでたちまち人気者になった原田真二はデビュー前の松田聖子がファンだったことでも知られる。どこかオリエンタルなムードが感じられもするこの曲も大ヒットしたが、個人的には「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」で1曲目にかかっていて、それを録音したカセットテープを何度も繰り返し聴いていた印象である。
9. 哀愁トゥナイト/桑名正博 (1977)
この翌年に化粧品のCMソングでもあった「セクシャルバイオレットNO.1」が大ヒットするのだが、個人的には同じく松本隆と筒美京平によるこの曲の方が好きである。旭川に引越し、ラジオのプロ野球中継をよく聴くようになった頃、その後の「ジャンボミュージックナイター」という番組でやたらとよくかかっていた記憶がある。それでもっとヒットしたのかと思っていたのだが、当時のオリコン週間シングルランキングでの最高位は99位だったようだ。「男と女 抱きあう前までゆらめくけれど」「身体はなせば 心寒々冷えるだけ」というようなフレーズを聴いて、そういうものなのかと感じていた10歳であった。
8. 砂の女/鈴木茂 (1975)
シティ・ポップの名盤と呼ばれるものをまとめて聴いてみようと思った時期があって、その時に初めて鈴木茂の「バンド・ワゴン」も聴いたのだが、その1曲目に収録されていた曲。元はっぴいえんどのメンバーの中でもいま一つよく知らないアーティストという印象だったが、このアルバムを聴いてこの時代にしてこんなにもカッコいい音楽をやっていたのか、と度肝を抜かれたのだった。この曲においては「じょうだんはやめてくれ」というフレーズが印象的なのだが、瞬時に「オレたちひょうきん族」における西川のりおの「冗談はよせ」が思い浮かぶのは個人的になんとかしたいところである(まったくの余談だが、私の弟は当時、旭川の豊岡にあった太陽堂書店で同タイトルの西川のりおの本を買っていて、袋とじがあったりもしたものの、それほどセンセーショナルな内容が書かれていたわけでもなかったような気がする)。
7. ポケットいっぱいの秘密/アグネス・チャン (1974)
松本隆が専業作詞家として初めて歌詞を提供した楽曲だという。歌詞の途中でそれぞれのフレーズの最初の文字だけをつなげると「アグネス」になるという仕掛けが組み込まれている。アグネス・チャンのものまねが当時、ひじょうに流行っていたり、「アグネス・チャンちゃん」などと紹介することが面白がられていたような記憶があるのだが、特に井上順あたりがそう言っていたような気がするものの大昔のことなので確証はない。
6. しらけちまうぜ/小坂忠 (1975)
これはシティ・ポップの名盤をいろいろ聴いてみようとしていた時期にアルバム「HORO」でオリジナルを初めて聴いたと思うのだが、90年代に小沢健二が東京スカパラダイスオーケストラをバックに歌っているバージョンで最初に知ったのだったと思う。男の強がりというかカッコつけが当時の日本の男性にはすでに美意識としてあまり残っていなかったように思えるのだが、それだけに懐かしいというか、なんだか良いものだなと思わされた記憶がある。何せ歌い出しからして、「小粋に別れよう さよならベイビイ」である。
5. 東京ららばい/中原理恵 (1978)
都会で暮らす女性の孤独を歌った曲であり、当時、ラジオでもよくかかっていた。「夢がない明日がない」「ないものねだりの子守歌」というように、都会における挫折や絶望のようなものが歌われているように思えるのだが、それがむしろ憧れをかきたてもするというような、不思議な感覚を味わったりもしていた。都会的でクールなイメージの中原理恵だったが、後に萩本欽一の番組でコメディエンヌとしての才能も発揮していた。
4. 瞳はダイアモンド/松田聖子 (1983)
松田聖子の曲の歌詞といえばほとんど松本隆によって書かれていた印象もあるが、実際にかかわりはじめたのはデビュー2年目の途中からである。「赤いスイートピー」の「ダバコの匂いのシャツ」を着ている彼が「知り合った日から半年過ぎても あなたって手をにぎらない」だったり、そんな「あなたと同じ青春 走ってゆきたいの」というのが本当に上手いなと感じたり、「小麦色のマーメイド」の「嫌い あなたが大好きなの 嘘よ 本気よ」の絶妙で微妙な感じがたまらないところなどいろいろあるのだが、個人的にはAOR/シティ・ポップ的な感覚を歌謡ポップスに落とし込んだようなサウンド、「映画色の街」を舞台とした心象風景を描いた歌詞などどれも素晴らしいこの曲がいまのところ最も好きである。
3. 木綿のハンカチーフ/太田裕美 (1975)
太田裕美といえば「しあわせ未満」という曲が本当に素晴らしくて、たとえば日常生活ではあまり用いるようなことがないようにも思える「未満」という言葉の意味を算数で習ったのとこの曲を知ったののどちらが先だったかはよく覚えていないのだが、70年代前半、四畳半フォークの貧乏なのだがそれが美徳でもあるような価値観と、それ以降のシティ・ポップ的な貧困というのは必然的に克服されていく問題であり、ある意味において高度消費社会の敵でもあるのだからどんどん無いことにしていこうとでもいうべきグルーヴとの間のイメージというのがひじょうに強い。なので、この曲は入れたかったのだが、太田裕美には「木綿のハンカチーフ」という日本ポップス史に残る超名曲にして、個人的にも認めざるをえない楽曲があるため、やはりこっちである。太田裕美だけ2曲入れることを考えたりもしたのだが、今回は見送ったのであった。それで、この「木綿のハンカチーフ」という曲なのだが、都会に出て変わっていく男性と、地方に残りそんな恋人を遠くから見送る女性との往復書簡形式になっていて、その構造も面白いのだが、そのストーリーに漂う変わっていくと同時に失われていくもの、それに対しての感情というようなものが、当時の日本人の心の琴線にふれたようにも思える。とはいえ、「しあわせ未満」も本当に素晴らしい曲である。
2. 君は天然色/大滝詠一 (1981)
大滝詠一のアルバム「A LONG VACATION」及び、それの1曲目にしてシングルでもリリースされた「君は天然色」は何はともあれ、個人的には中学生の頃にリリースされて、レコード店でジャケットをよく見かけたりラジオで耳にしたりもした青春のサウンドトラック的なものなのであり、それを離れての客観的な評価というのがなかなかできなかったりもする。80年代的なポップでキャッチーな感覚がありながらも、すでに失われてしまった過去について歌われているようなそこはかとなく漂う暗さのようなものとのバランスも絶妙だったように思えたりもする。
1. 風をあつめて/はっぴいえんど (1971)
この曲を含むアルバム「風街ろまん」がリリースされた頃、幼稚園児ぐらいではあったわけだが、高校生ぐらいまでずっと知らなかった。バンド名ぐらいはなんとなく目にしたことはあったかもしれないが。YMOの細野晴臣と「A LONG VACATION」の大滝詠一と作詞家の松本隆はかつては、はっぴいえんどという伝説のバンドで一緒に活動していたらしいということをなんとなく知っていき、その楽曲はNHK-FMのおそらく「サウンドストリート」辺りで初めて聴いたのだったと思う。この曲と「夏なんです」はかかっていたはずである。アコースティックな感じはするのだがフォークソングとは違い、なんだかとても懐かしいのだが上品さのようなものも感じられた。大学に入学して初めてCDプレイヤーを買ったばかりの頃に「はっぴいえんど」と「風街ろまん」が1枚のディスクに収録されたものを買ってよく聴くのだが、2004年に映画「ロスト・イン・トランスレーション」で使われているのを聴いて、改めてその魅力に気づかされた。