1966年6月29日、東京の天候は晴れのち曇り、最高気温は30.5度だったようだ。この日、ビートルズが来日公演を行うため日本に到着したらしい。まだ生まれていないのでもちろん記憶はないのだが、当時の全米シングル・チャートから好きな曲を選んだり順位をつけることによって、その頃のポップ・ミュージックの感じがなんとなく分かるのではないか、というのが今回である。
ちなみにこの時、ビートルズが乗っていた飛行機が到着したのは羽田空港であり、現在、国際空港となっている成田空港はまだできていない。ビートルズが来日する前の週に、成田空港の建設に反対する三里塚闘争はじまっていたようである。
10. Monday, Monday - Mama's & Papa's
ママス&パパスといえば「夢のカリフォルニア」が有名だが、全米シングル・チャートでの最高位だけを基準にするならば、最大のヒット曲は唯一の全米NO.1ソングとなったこの曲ということになる(「夢のカリフォルニア」の最高位は4位であった)。ジョン・フィリップスが20分ぐらいでつくったというこの曲は、男女混合のグループによる初の全米NO.1ヒットという記録も残している。
9. I Am A Rock - Simon & Garfunkel
80年ぐらいには日本の中学生の洋楽入門編としてひじょうに人気が高かった印象があるサイモンとガーファンクルだが、現在はどうなのだろう。元々はポール・サイモンのソロ曲だったようだが、サイモンとガーファンクルとしてレコーディングし直し、全米シングル・チャートで最高3位のヒットを記録した。
8. Rain - The Beatles
全米シングル・チャートで最高23位という順位というのはビートルズにしては低いようにも思えるのだが、この曲はシングルのB面であり、他のアーティストであればチャートに入ることさえなかなかない。どこかサイケデリックなムードが感じられもするこの曲は、後にトッド・ラングレンや少年ナイフによってカバーされたりもした。
7. Ain't Too Proud To Beg - The Temptations
ポップ・ミュージック史に残る名曲の数々を生み出した60年代のモータウン・レコーズだが、テンプテーションズのメイン・プロデューサーはずっとスモーキー・ロビンソンだった。しかし、この前のシングル「ゲット・レディ」が全米シングル・チャートでトップ20入りを逃がしたことによって、ノーマン・ホイットフィールドによるこの曲がシングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高13位のヒットを記録した。曲の内容は去っていく恋人に対して、行かないでおくれと懇願するようなタイプである。
6. Hold On, I'm Coming - Sam & Dave
R&Bデュオ、サム&デイヴの代表曲で、全米シングル・チャートで最高21位(R&Bチャートでは1位)を記録した。ソウルフルなボーカル、ブッカー・T&MG'Sによる演奏も最高で、これぞソウル・ミュージックという感じである。
5. You Don't Have To Say You Love Me - Dusty Springfield
イギリス出身のポップ・シンガー、ダスティ・スプリングフィールドがサンレモ音楽祭でイタリアの歌手が歌っているのを聴いて感激し、英語詞でカバーしたところ、全英1位、全米4位のヒットを記録した。後にエルヴィス・プレスリーがカバーしたことでも有名で、邦題は「この胸のときめきを」である。
4. When A Man Loves A Woman - Percy Sledge
「男が女を愛する時」という直訳この上ない邦題でも知られるソウル・バラードで、全米シングル・チャートで1位に輝いた。イギリスではリーバイスのCMで使われたことによって1988年にリバイバルし、全英シングル・チャートで最高2位を記録した。
3. It's A Man's Man's Man's World - James Brown
ジェームス・ブラウンのバラードでは特に人気が高い曲で、全米シングル・チャートでは最高8位を記録している。タイトルは「イッツ・ア・マッド、マッド、マッド・ワールド」というテレビ番組にインスパイアされたものだということだが、内容はたとえ男が中心の世の中だとしても、女がいなければどうにもならない、というようなものである。
2. Paint It, Black - The Rolling Stones
「黒くぬれ」の邦題で知られ、1988年にはRCサクセションが「カバーズ」でカバーもしていたローリング・ストーンズの代表曲の1つ。シタールのサウンドが印象的だが、当時はビートルズの真似をしているという批判もあったらしい。すべて黒く塗りつぶしたいという、絶望的でニヒリスティックな気分が表現された最高のロック・チューンである。
1. Paperback Writer - The Beatles
ビートルズの来日公演は日本武道館で1966年6月30日から7月2日の間に行われ、録画放送された番組は56.5パーセントの視聴率を記録したらしい。セットリストは「ロック・アンド・ロール・ミュージック」「シーズ・ア・ウーマン」「恋をするなら」「デイ・トリッパー」「ベイビーズ・イン・ブラック」「アイ・フィール・ファイン」「イエスタディ」「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」「ひとりぼっちのあいつ」「ペイパーバック・ライター」「アイム・ダウン」だったとのことである。当時、ビートルズはすでにライブ演奏に対する情熱を失っていて、この時の演奏内容についても芳しくない評価もされているということだが、その熱狂はかなりのものだったと推測される。「ペイパーバック・ライター」はこの時点における最新シングルで、全米シングル・チャートでもちょうど1位になっているところだった。B面の「レイン」共々、この後、8月にリリースされるアルバム「リボルバー」のセッションでレコーディングされたということだが、アルバムには収録されなかった。ポール・マッカートニーが叔母からラブソング以外の曲も書いてみろ的なことを言われたのに触発されてつくられた曲だともされているようだ。