20. Kiss/Prince & The Revolution (1986)
80年代のある時期のプリンスといえば、ポップ・ミュージック界全体に影響を及ぼすレベルの革新的なアルバムを毎年確実にリリースしていたのだが、前作から1年も経たずにリリースされた「パレード」からの先行シングルとなるこの曲にも驚かされた。贅肉を徹底的に削ぎ落としかのようなシンプルなサウンドなのだが、ファンクネスはしっかりいきづいているという他のどれとも全く異なるオリジナリティーに溢れた楽曲で、それでいてポップでキャッチーで全米シングル・チャート1位という、まさに無双状態を体現していたように思える。
19. Tainted Love/Soft Cell (1981)
「汚れなき愛」の邦題でも知られるこの曲は、グロリア・ジョーンズというアーティストのカバーである。イギリスでは1981年にシングル・チャートで1位を記録し、アメリカでは翌年にロングセラーとなった。この曲とヒューマン・リーグ「愛の残り火」のヒット以降、アメリカでもシンセ・ポップがチャートの上位によく入るようになり、これが第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンというムーヴメントに発展してもいった。
18. Walk This Way/Run-D.M.C. (1986)
ヒップホップで初めて全米シングル・チャートの10位以内に入った曲ではないだろうか。エアロスミスの邦題「お説教」のカバーだが、バンドの中心メンバーも参加することにより、クロスオーバー・ヒットにもなった印象がある。この後、エアロスミスも復調していくというWIN-WINなコラボレーションとなった。辻仁成が「オールナイトニッポン」のオープニングにエアロスミスの「お説教」を使っていたのだが、リスナーにRUN D.M.C.の曲だと思われていて、そういった内容の投書を読んだ後で説明をした回があったような気がする。ロックは古くてヒップホップは新しいという感覚は当時、確かにあり、そういった気分が反映されてもいるような気がする。
17. You Made Me Realise/My Bloody Valentine (1988)
音楽ジャーナリズムの関心は1980年後半においては、主にヒップホップやハウス・ミュージック、あるいはワールドミュージックなどに向いていた印象があり、ロックはニュー・ウェイヴも含め、滅びゆく音楽として認識されていたような気がする。もちろん、ロックのファンに受けていたことは間違いないのだが。しかし、この当時のロックで後のポップ・ミュージックに大きな影響をあたえていくものというのも当然たくさん生まれていた訳で、たとえばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインである。ノイジーでありながらドリーミーという、ロックというフォーマットではあるのだが、ここではそれまでにないまったく新しい音楽が実現しているのであり、そのポップ・ミュージックとしての強度は今日においてもまったく色褪せることがない。
16. Into The Groove/Madonna (1985)
ソニック・ユースがチコーネ・ユース名義で「イントゥ・ザ・グルーヴ(ィー)」としてカバーしたことでも知られる。アーティストであったりポップ・アイコンとしてマドンナが果たした役割というのは、評価され尽くすことがないほどに大きいと思うのだが、それもやはり作品そのもののクオリティーの高さがあってこそ、というところは確実にある。優れたダンス・ポップでありながら、記名性も明確に感じられるこの曲は、初期マドンナの代表作の一つだということができるだろう。アメリカではなく、イギリスのシングル・チャートで1位を記録した。
15. Ghost Town/The Specials (1981)
サッチャー政権下、不況状態のイギリスをヴィヴィッドに表現した楽曲で、全英シングル・チャートでは1位に輝いた。このような社会的なメッセージを含んだ楽曲がちゃんとヒットしたというのがまたとても良い。このなんとなく不穏な感じと、それでもそこはかとなく感じられるユーモアのようなものも大きな魅力になっているような気がする。
14. Paid In Full/Eric B. & Rakim (1987)
オリジナルも良いのだが、コールドカットによるリミックス・バージョンがまさに音楽の旅という感じで、最高に刺激的である。ブレイクビーツとサンプリングによって、ポップ・ミュージックというフォーマットを用いての新しい実験が行われているようでもあるが、ベーシックなところがしっかりしているのと、アイデアがひじょうに冴えていることもあり、変にマニアックになりすぎることもなく、あくまでポップであるところがとても良い。全英シングル・チャートでは、最高15位を記録している。
13. This Charming Man/The Smiths (1983)
80年代で最も重要なバンドというようなことをいわれることもあるザ・スミスだが、それは過大評価ではないかとか、いや、まったくもって真っ当だろうとか、様々な意見はあるとは思うのだが、ひじょうにユニークなバンドであったことだけは間違いがない。たとえ、現在のモリッシーがイギリス版ネット右翼とでもいうべき惨状であり、まったくもって残念な状態であったとしても、当時の楽曲の価値を貶めるものではない。いわゆるインディー・ロックではあるのだが、音楽的にひじょうにオリジナリティーがあり、脆弱さのようなものを一瞬でもクールにしたという功績はひじょうに大きい。
12. Sweet Child O' Mine/Guns N' Roses (1987)
個人的にハード・ロック/ヘヴィー・メタル的な音楽のみならず、ファッションやアティテュード的なものまで含め、ひじょうに苦手な訳なのだが、当時、ガンズ・アンド・ローゼズはひじょうに話題になっていたので、CDは買った。そして、何度か聴いてみたのだが、やはり無理であり、おそらく渋谷のレコファン辺りで売却してしまったような気がする。しかし、今日、全米シングル・チャートで1位にもなったこの曲を聴き直してみると、実に贅沢な音楽体験が短時間の間に実現できるなと感じる。ハード・ロック/ヘヴィー・メタルであるかどうか以前に、ポップ・ミュージックとしての強度が感じられ、実に満足度が高いと感じられる。それ以上でも以下でもないことには変わりがないのだが、それでもとても優れたポップ・ソングだと思う。
11. Once In A Lifetime/Talking Heads (1980)
当時、ロックがダンス・ミュージックのようなものを取り入れるのは是か非かというような議論が実際に存在したという話を、この曲を収録したアルバム「リメイン・イン・ライト」絡みで聞いたことがあるような気がするのだが、それは日本においてのことだったのかそれに止まらなかったのかについては定かではないし、それを調べるだけの気力もない。いずれにしてもブライアン・イーノがプロデュースしたこの曲は、音楽的にひじょうに新しく、文字通りニュー・ウェイヴという感じでいて、アート的なムードも漂っているところがたまらなく良い。
