2020年8月22日付の全米シングル・チャートでは、カーディ・B・フィーチャリング・ミーガン・ジー・スタリオンの「WAP」が初登場で1位を記録した。タイトルの「WAP」とは「Wet Ass Pussy」の略であり、女性ラッパーである2人がセックスについてポジティブなメッセージを発した内容である。太くて低いベース音と「Whores in this house」と繰り返されるサンプリングされたボーカル、サウンドはミニマルで曲の長さは約3分08秒。何度も繰り返し聴きたくなる中毒性もあるし、セックスをポジティブなものとして捉えた内容も多くの人々が共感できるものであろう。大ヒットにも納得といったところである。
そして、この曲はアメリカの保守的な議員や白人男性のコメディアンを怒らせることによって、性差別の存在を浮き彫りにしたという点においても、社会的にひじょうに意義があるといえるだろう。彼らがこの曲に対してなぜ怒っているかというと、これが女性によるものだからであろう。そこには、女性は男性と同じように、あるいはそれ以上にセックスを楽しんだり、それを世間に向かって堂々と表現するべきではないという差別意識によるものである。当の本人にその自覚があるのかどうかは定かではないが、要はそういうことである。
男性が会社の行事などで女性従業員に向かって性的な話をすることはセクシャルハラスメントとして断罪される正しい世の中になっているが、女性と男性の立場が変わったとしても、それは同じことである。にもかかわらず、いまだにそういうことをやっている気持ちの悪い男性が後を絶たないわけであるが、それで女性が部下であったりして立場が弱い場合には、愛想笑いを浮かべて受け流すしかなく(その場に私がいた場合にはブチ切れて泣くまで説教だが)、その嫌がりながらも耐えている状態を見て楽しむという殺意案件が生じる。
ところが、ノリが良い女性従業員がいて、社会経験が少なくてさじ加減がよく分かっていなかったり、アルコールの影響もあったりして、性的嫌がらせをしてくる腐った男に対し、自分自身の性的な話を主体的にノリノリで話した場合、男の方は期待していたのとは違うため、テンションが落ちたり、酷い場合には部下を使って叱らせたりする(実際にこういったケースの相談を何度か受けたことがあり、その度にブチ切れていろいろな人たちを騒然とさせたことがあるが、後悔はしていない。むしろろこれからもどんどんやっていく)。
フェミニズムというのが一体どういうものなのかまったく分かってはいないのではないかと思える白人男性コメディアンが、この曲のようなものはフェミニズムに反するのではないか、というようなマンスプレイニングをかましていた。レベッカ・ソルニットの「説明したがる男たち」の中に、マンスプレイニングという単語は実は出てきていないのだが、男(man)と説明(explain)とを組み合わせたこの言葉の概念が最も正確に書かれているのが、この本だといわれているのである。男性が自分たちは性別が異なっているというだけで、女性よりも優れているという差別意識から、偉そうな言動をすることである。このような傾向が社会に存在していることは歴史の流れからいって仕方がないところもあるのだが、その存在を認識し、これは誤っているので正していかなければいけないと考えて行動していくことが必要である。まずは日常生活で出くわす、自分自身が男性だという理由だけで、女性に対して不躾な態度をしている男性を見かけた場合に、ちゃんと注意をしたり、場合によっては激しく罵倒することができる鍛錬を、普段から怠らないようにしていきたい。
それはそうとして、この曲は現在、絶好調の女性ラッパー2人の競演が堪能できるのはもちろんなのだが、その内容も実に痛快である。カーディ・Bはいまやグラミー賞も獲得し、全米シングル・チャートで歴代で最も多くの曲で1位を記録した女性ラッパーでもあるのだが、デビュー当時はストリッパーの経験があることなどもよく話題にあげられていた。セックスについてポジティブに表現する傾向は以前からだが、この曲においては濡れすぎてバケツとモップが必要だということである。男はクレジットカードのようにそこで顔をスワイプし、それのためにスマートフォンを買った。ガータースネークではなく、キングコブラが必要、というような表現も面白い。かなり際どいのではないかと思えるような箇所もいくつかあるのだが、ユーモアとその根底にある性差別に対抗する意識がひじょうに強固なので、これでいいのだという気分にもなる。
このような曲が全米シングル・チャートでちゃんと1位になる状況というのはひじょうに素晴らしいし、性差別的主義者の難癖が正しく批判される世論が存在しているということにも希望を感じる。この曲はカーディ・Bがリリースする予定のアルバムからの先行シングルでもあるらしく、期待はさらに高まるばかりである。ミーガン・ジー・スタリオンもTikTokで頻繁に使われたことによってヒットして、全米シングル・チャートで自身初の1位を記録した「サヴェージ」に続き、この曲のヒットでノリにノッている。世の中を様々な暗い状況が覆っていることは事実ではあるが、アメリカのメインストリームのポップ・シーンから一縷の望みを感じることが少なくはなく、それを象徴するかのようなこの曲のヒットではあったのである。