1997年7月27日付の「TOKIO HOT 100」で好きな曲ベスト10。 | …

i am so disappointed.

東京のFMラジオ局で「TOKIO HOT 100」という番組が、1988年から現在に至るまでずっと放送されている。タイトルから想像できるようにカウントダウン番組なのだが、ランキングを決めるデータは東京都内の主要なCDショップやJ-WAVEの番組でのオンエア回数などである。私がこの番組を聴いていたのは1990年前後ぐらいまでだったと思うのだが、その時にはWAVE、タワーレコード、HMV、ヴァージン・メガストアなどの売上データが反映していたような気がするのだが、もしかすると違っていたかもしれない。

 

当時はランキング曲のほとんどが海外のアーティストによる楽曲なのだが、現在のランキングを見ると日本のアーティストの曲がかなり入っている。段階を経てこうなったとは思うのだが、その間をまったく知らないのでなんともいえない。

 

J-WAVEは六本木があり、当時は近くに六本木WAVEもあった。この番組のランキングには六本木WAVE的なテイストが当時はかなり反映していたし、実際にわりと親しくもしていたのだが、それもやがて終わりの時を迎え(六本木WAVEは1999年に閉店した)、その後はどうなったのかよく分からない。というか、1990年代半ば辺りの時点ですでに、六本木WAVEはかなりごく普通のCDショップ化していたといえる。かつては六本木WAVEまで行かなければ買えないレコードやCDというのが結構あったのだが、1990年にHMVとヴァージン・メガストアがそれぞれ渋谷と新宿という交通アクセスが便利な場所にできたことにより、客やバイヤーが流出したことが原因だったような気がする。

 

「TOKIO HOT 100」のランキングというのは、たとえばオリコンなどとはまた違う、東京の音楽ファンのあるテイストの変遷を記録したものとして、資料性が高い。この30年以上にも及ぶランキングは番組公式サイトにアーカイブされていて、現在のところいつでも無料で閲覧することができる。素晴らしい。

 

1997年7月27日にも「TOKIO HOT 100」は放送されていたのだが、私はもうすでに聴いていない。私の個人的な認識では、1997年というのは日本の社会が暗くなりはじめた年である。バブル経済の崩壊は1992年ぐらいにはもう起こっていて、中目黒のもつ煮の店が流行ったりしていたのだが、人々はまだまだ楽観的であった。たとえば「渋谷系」やブリットポップが流行していた1990年代半ばあたりを思い出すと、随分、明るい時代だったな、と思うわけである。

 

1997年を象徴する事件といえば、酒鬼薔薇事件こと神戸連続児童殺傷事件と、山一證券、北海道拓殖銀行の破綻である。他に、東電OL殺人事件などもあった。鬼畜系などと呼ばれる悪趣味なサブカルチャーや、いわゆる援助交際が流行し、新しい歴史教科書をつくる会の暗躍によって、ネトウヨを生み出す地盤が整備されつつあった。

 

日本で初めての大規模な野外音楽フェスティバル、「FUJI ROCK FESTIVAL」が初めて開催されたが、台風の直撃を受けた。1日目は決行されたが、2日目は中止され、それがこの7月27日である。

 

その日の「TOKIO HOT 100」にランクインしていた曲の中から、個人的に好きな10曲を選び、カウントダウンすることによって、当時の気分をなんとなく思い出そうという安易な回である。

 

10. シンシア/原田知世

 

「TOKIO HOT 100」もこの頃になると、日本のアーティストによる楽曲がかなりランクインしているが、何を入れて何を入れないかという基準は、わりとはっきりしていたようである。ちなみにこの頃、オリコン週間シングル・ランキングの1位はKinki Kidsのデビュー・シングル「硝子の少年」で、他にはル・クプル、B'z、河村隆一、T.M. Revolution、華原朋美などが上位にランクインしているが、いずれも「TOKIO HOT 100」には入っていない。一方で、オリコン週間シングルランキングで最高25位だった原田知世「シンシア」が、この週の「TOKIO HOT 100」で26位、日本のアーティストによる楽曲としては4番目に高い順位を記録している。この頃の原田知世はトーレ・ヨハンソンをプロデューサーに起用するなど、スウェディッシュ・ポップ路線で、「渋谷系」的なテイストのリスナーをも獲得しているようなところがあった。この曲は本人が主演したテレビドラマ「シンシア」の主題歌にもなったバラードで、オーガニックなサウンドとヴォーカルとがマッチした作品に仕上がっている。

 

 

9. タイムマシーン/CHARA

 

1991年のデビュー以来、常にネクスト・ブレイクを期待され続けていたCHARAだが、1996年に主演した岩井俊二監督の映画「スワロウテイル」の劇中バンド、YEN TOWN BANDのボーカリストとして「Swallowtale Butterfly~あいのうた~」が大ヒット、その翌年となるこの年には自身としても、「やさしい気持ち」に続いてこの曲もヒットさせ、これらを収録したアルバム「Junior Sweet」はオリコン週間アルバムランキングで初の1位を記録した。とんねるずの木梨憲武が、この曲で悪意が感じられる物まねをしていた。

 

 

8. DRIVEに連れてって/今井美樹

 

当時は個人的にこのタイプの音楽はまったく好きではなく、それでこの曲のことも知らなかった。数年前にNegiccoの「ティー・フォー・スリー」がきっかけで、こういう90年代のドライヴ・ミュージックみたいなのも良いのではないかと思い、いろいろ聴いているうちにこの曲にも出会った。作詞・作曲は布袋寅泰である。

 

 

7. D'YOU KNOW WHAT I MEAN?/OASIS

 

1997年は実質的にブリットポップが終わった年という印象があるが、年始のブラー「ビートルバム」にはじまり、オアシス「ビー・ヒア・ナウ」が止めを刺した。しかし、ブリットポップが終わっているかいないかにかかわらず、オアシスは世界で最も注目を集めるバンドとして、この時点では間違いなく君臨していたわけであり、そういった意味では最も人気があったのがズバリこの時、という印象も確かにある。この先行シングルには、これまでとは違う新しい試みの片りんも感じられ、アルバムに対しての期待も確かにあった。

 

 

6. BUDDY/小沢健二

 

フリッパーズ・ギターは好きだったのだが、解散後、ソロ活動をはじめてからの小沢健二がすさまじすぎて、個人的にはまったく乗ることができなかった。いや、「天気読み」とかはかなり好きで、カラオケで歌ったりもしていたのだが、当時、付き合っていた大学生の女性がCDを持っていたので自分では買わなかった。「LIFE」はフリッパーズ・ギターなど絶対に聴いていなかったであろう、会社の先輩がパチンコの景品でもらったりしていた。その後もいろいろな試みをしていて、このシングルではヒップホップ・ビートを取り入れたりもしているのだが、アルバムには収録されず、配信もされていないので、シングルCDは定価を超える価格で取り引きされているのだが、それほどべらぼうに高くもない。

 

 

5. KOWALSKI/PRIMAL SCREAM

 

プライマル・スクリームのアルバム「ヴァニシング・ポイント」からの先行シングルで、エレクトロニック・ミュージックからの影響が顕著な楽曲となっている。当時のプライマル・スクリームといえばこのようなモードであり、ブリットポップだったかどうかについては見解も様々かもしれないが、明らかにそこから脱していた。個人的にこのアルバムには大興奮していて、秋には赤坂ブリッツの来日公演にも行った。外でいたいけな少女たちが「ロッキング・オン」の元編集長、増井修の不当解雇に抗議するという内容のチラシを配っていて、「ロッキング・オン」はいまそんなことになっているのか、と驚かされた記憶がある。まったくの余談だが、この前の年に私は「ロッキング・オン」の契約社員募集にスウェード「トラッシュ」について書いた文章で応募したのだが、ガッツリ落とされるということがあった。

 

 

4. MMMBOP/HANSON

 

この週の「TOKIO HOT 100」で1位に輝いたのは、この曲であった。90年代のバブルガム・ポップとでもいおうか、こういうのははっきり言って好きである。現在もパワー・ポップ系のバンドとして活動していたと思う。邦題の「キラメキ☆MMMBop」というのも、とても良い。

 

 

3. AIN'T THAT ENOUGH/TEENAGE FANCLUB

 

この週の「TOKIO HOT 100」では99位というギリギリでのランクインだが、だからといって個人的に好きな第3位に選んではいけないということにはならないだろう。オアシス、プライマル・スクリームに続いて、3組目のクリエイション・レコーズ勢で、この期に及んでもまだ勢いはある。この翌々年には倒産してしまうとしてもだ。アルバム「ソングス・フロム・ノーザン・ブリテン」からの先行シングルで、リラックスした感じがとても良い。

 

 

2. ENDLESS SUMMER NUDE/真心ブラザーズ

 

「パラダイスGo!Go!」の「勝抜きフォーク合戦」からデビューした真心ブラザーズが、「渋谷系」の時代に急にモテたそうな音楽をやりはじめたことには、とても好感を持っていた。「ループスライダー」「サマーヌード」など、とても良い曲なのだが、いまひとつ売れない。しかし、「サマーヌード」など、いまや90年代を代表する名曲として扱われたりもしている。1995年にリリースされた時のオリコン週間シングルランキングでの最高位は81位で、翌々年にSMAPの楽曲などで知られるCHOKKAKUがリアレンジしたこのヴァージョンが41位(年間342位)である。良い曲はいつか必ず評価されることもあればされないこともあると思うが、この曲は前者を証明する好例だと思う。一昨年の夏、上野恩賜公園の野外音楽堂にlyrical schoolのフリーライブを観に行った時、ライブ前に会場で「サマーヌード」がかかると、自然発生的に合唱になったのは本当に良かった。

 

 

1. STAR FRUITS SURF RIDER/cornelius

 

いまや日本のロック&ポップスを代表する名盤の1つとしての評価も固まっている感じがする、コーネリアスこと小山田圭吾の3作目のオリジナル・ソロ・アルバム「FANTASMA」からの先行シングルである。アナログ12インチ・シングルでは、「STAR FRUITS」と「SURF RIDER」に分けてリリースされ(2枚組CDシングルではそれぞれのトラック2)、歌ものとエレクトロニックなインストゥルメンタルの両方を同時に再生すると、「STAR FRUITS SURF RIDER」が完成するという、なかなか画期的なこともやっていた。私はそこまですることもなく、完成した「STAR FRUITS SUF RIDER」しか聴いたことがないが、それでもとにかくやることなすことがカッコよく、憧れまくるにはじゅうぶんであった。そばにいる猫が自分を見て、その目の奥に星が光っていたという歌詞も、当時、付き合っていた(そして、いまも一緒に暮らしている)人がたまたま猫を飼っていて、生まれてはじめてその良さというものを知った私には共感できるものがあった。