ニルヴァーナ「ブリーチ」について。 | …

i am so disappointed.

1989年6月15日にニルヴァーナのデビュー・アルバム「ブリーチ」が、シアトルのインディー・レーベル、サブ・ポップから発売されているのだが、当時は200位まであるビルボードの週間アルバム・チャートにランクインしていないので、それほど売れていなかったと思われる。私もまったく知らなかった。日本ではプリンセス・プリンセスの「Diamonds」がヒットしていたのだが、サザンオールスターズが「さよならベイビー」で、デビューから10年以上経って、オリコン週間シングルランキングで初の1位を記録していた。

 

私はといえばこの年の春から京王線の柴崎駅から徒歩6分ぐらいのところにあるワンルームマンションに住んでいたが、少し前に発売された佐野元春「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」だとか「ポール・マッカートニー「マイ・ブレイヴ・フェイス」だとかを聴いていたのではないかと思う。

 

ニルヴァーナの「ブリーチ」がビルボードのアルバム・チャートで200位にも入っていなかったというようなことを、ついさっき書いたばかりなのだが、このようなタイプのオルタナティヴ・ロックというのは、批評家や一部の音楽ファンからは支持されていたが、一般的に売れるものではまったくなかった。ニルヴァーナが1991年の秋に「ネヴァーマインド」をリリースするまで、「ブリーチ」はアメリカで約4万枚売れたそいなのだが、これでもこのタイプの音楽としては、じゅうぶんに売れている方だったのだという。

 

とはいえ、このバンドがそう遠くない将来にメジャー・レーベルと契約し、リリースしたアルバムが全米1位、ポップ・カルチャー全般にも強い影響をあたえるような存在になることを予見していた者は、それほど多くなかったのではないかと思われる。

 

アルバム・ジャケットからして、ライヴのスナップ写真を加工したようなモノクロのもので、アンダーグラウンド感がどことなく醸し出されている。当時のシアトルに、後にグランジと呼ばれるようになる、パンク・ロックの延長線上にあるラウドでヘヴィーなロックのシーンというのは、すでにあったらしい。ニルヴァーナもそのシーンに属していたのだが、ヴォーカリストでありソングライターでもあるカート・コバーンはR.E.M.のようなバンドや60年代のポップスも大好きで、ニルヴァーナの初期においてはシーンのトレンドに無理やり合わせていたようなところもあったのだという。

 

そんなこともあり、60年代に活躍したオランダのバンド、ショッキング・ブルーの「ラヴ・バズ」をライヴでカヴァーしていたりもしたのだという。バナナラマのカヴァーなどでお馴染みの「ヴィーナス」をヒットさせたバンドである。ニルヴァーナはこの曲を本当に気に入ってやってはいたのだが、けしてセットリストの目玉ではなかった。ところがサブ・ポップのオーナーがこれをえらく気に入り、バンドの意志に反して、デビュー・アルバムとしてリリースされた。しかし、一般流通ではなく、サブ・ポップのシングルズ・クラブというサブスクリプション・サービスのようなもので販売されていたのだという。

 

ニルヴァーナとしては自分たちの音楽をもっと広めたいという思いが当然あっただろうとは思うのだが、1988年のクリスマス・イヴから本格的にアルバムの制作に入ったようだ。カート・コバーンにとって歌詞はそれほど意味がないらしく、レコーディング前夜にまとめて書いたりもしていたようなのだが、性差別的な歌詞だけは絶対に書かないようにと決めていたようである。カート・コバーンがインディー・ロックのフェミニズム的な部分にも大きな影響を受けていたことは広く知られてもいるのだが、「ブリーチ」に収録された「Mr. マスタッシュ」は、マチズモ的な男性らしさを否定したものである。

 

また、「スクール」は当時のシアトルのグランジ・ロック的なシーンのことを歌ったものらしく、トレンドに合わせなければならないプレッシャーのようなものを、学校生活に重ね合わせているようだ。

 

私がこのアルバムを聴いたのも、「ネヴァーマインド」が大ヒットして、グランジ・ロックがポップ・カルチャーのトレンドになって以降のことである。カート・コバーンが当時の自分自身のことを歌ったという「ネガティヴ・クリープ」をはじめ、当時のポップ・シーンにおいては、陰鬱でダークな印象が強かった。

 

ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」はポップ・カルチャーを変えたアルバムであり、グランジ・ロック的な自己憐憫的で陰鬱な表現のスペースやポジションをそこに確保したという意味で、ひじょうに重要である。カート・コバーンが若くして命を絶ったのは1994年の春だが、その直後にオアシスがデビューして、自己肯定的で享楽的なブリットポップの隆盛は、グランジ・ロックに対するバックラッシュかのようにも思えた。

 

現在、「ブリーチ」を改めて聴き直すと、なかなかのポップ感覚が感じられてとても良い。それはそうとして、「アバウト・ア・ガール」を多くの人々はカート・コバーンが亡くなった年の秋にリリースされた「MTVアンプラグド・イン・ニューヨーク」の1曲目で聴いたと思うのだが、R.E.M.やビートルズ的ともいえるメロディーを持つ、このビタースウィートなラヴ・ソングが、このグランジ・ロック的なアルバムの中で特に浮いてはいない。しかし、当時のシアトルのシーンにおいて、この曲をアルバムに収録することについて、カート・コバーンはリスクを感じてもいたのだという。

 

世間一般的な基準から見るとアウトロー的な人たちの集まりのようなアンダーグラウンドなシーンにおいて、その中でもさらにアウトローにもなりかねなかったようなバンドが、結果的に王道のメインストリームになってしまうというロマンがニルヴァーナのストーリーにはあるような気もするのだが、そういった意味においても、とても味わい深いアルバムである。