マドンナ「ヴォーグ」について。 | …

i am so disappointed.

1990年5月19日付の全米シングル・チャートでは、マドンナの「ヴォーグ」がシニード・オコナー「愛の哀しみ」を抜いて、1位に輝いた。マドンナにとっては、「ライク・ア・ヴァージン」「クレイジー・フォー・ユー」「リヴ・トゥ・テル」「パパ・ドント・プリーチ」「オープン・ユア・ハート」「フーズ・ザット・ガール」「ライク・ア・プレイヤー」に続く8曲目、1990年代に入ってからは初のNO.1ヒットとなった。

 

オリジナル・アルバムは1984年にリリースした「ライク・ア・ヴァージン」以降、3作連続でチャートの1位を記録し、特にこの時点での最新作にあたる1989年の「ライク・ア・プレイヤー」は音楽批評メディアにおいても高い評価を得ていた。アーティストとして、ポップ・アイコンとして、ポピュラリティーとクリエイティヴィティーとが高いレベルで両立するという、ひじょうに理想的な状況であった。

 

ダンス・ミュージックの分野で活躍していた音楽プロデューサー、シェップ・ペティボーンはそれまでに「トゥルー・ブルー」をはじめ、マドンナの楽曲のいくつかをリミックスしていた。レーベルからのオファーにより、今度はマドンナの新曲を手がけることになるが、これはわりと簡単にできたといわれている。当初はシングル「キープ・イット・トゥゲザー」のB面が予定されていたため、シェップ・ベティボーンもマドンナもそれほど気張らず、ヒット・シングルというよりはファン向けの楽曲というぐらいのつもりだったらしい。

 

シェップ・ベティボーンのトラックにマドンナが歌詞を付けたようなかたちだが、そのインスピレーションの源となったのはニューヨークで観たヴォーギングというダンス・スタイルだったという。元々はボール・ルームと呼ばれるダンス・シーンから生まれ、1980年代にはゲイ・カルチャーの一部として局地的に流行していたのだという。1989年にはマルコム・マクラレンがヴォーギングを題材にしたシングル「ディープ・イン・ヴォーグ」をリリースしていて、これをプロデュースしていたのが後に「レイ・オブ・ライト」でマドンナともかかわるウィリアム・オービットであった。

 

曲の途中にラップを入れようというアイデアはシェップ・ベティボーンだったようで、マドンナはアメリカの歴代のセレブリティーたちの名前を書き連ねていったのだという。グレタ・ガルボ、マリリン・モンロー、マレーネ・ディートリッヒ、ジョー・ディマジオ、マーロン・ブランド、ジェームズ・ディーン、グレース・ケリー、ジーン・ハーロウ、ジーン・ケリー、フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ、リタ・ヘイワース、ローレン・バコール、キャサリン・ヘプバーン、ラナ・ターナー、ベティ・デイヴィスである。ベティ・デイヴィスといえばこの9年前、1981年の5月にはキム・カーンズの「ベティ・デイビスの瞳」が全米シングル・チャートの1位に輝いていた。この曲の歌詞にはグレタ・ガルボ(松任谷由実のペンネーム、呉田軽穂の元にもなったハリウッドの大女優である)も登場している。ベティ・デイヴィスは自分の名前が歌詞に入った「ヴォーグ」が全米シングル・チャートで1位を記録した約5ヶ月半後、1990年10月6日に81歳で亡くなっている。

 

当初は「ゲット・イット・トゥゲザー」のB面の予定だったこの曲の仕上がりを聴いたレーベルはヒットの予感を嗅ぎつけて、シングルのA面としてリリースすることを決めたようだ。この読みは的中し、「ヴォーグ」はアメリカ、イギリスをはじめ、30ヶ国以上のヒット・チャートで1位を記録する、世界的な大ヒット曲となった。メジャー・アーティストのシングルでありながら、ポップ・ミュージックのトレンドを取り入れ、そこに妥協がない状態でありながら大衆受けもしてしまうという、ひじょうに素晴らしい結果になった。

 

この曲のミュージック・ビデオもまたひじょうに評価が高く、いくつかの賞も受賞しているが、監督をしたのは後に「ファイト・クラブ」「ソーシャル・ネットワーク」などで大御所の映画監督になるデヴィッド・フィンチャーである。

 

マドンナのアルバム「ライク・ア・プレイヤー」に、父親との関係をテーマにした「オー・ファーザー」が収録されていた。「エクスプレス・ユアセルフ」のミュージック・ビデオを監督していたデヴィッド・フィンチャーは、この曲のビデオを撮ることを強く切望したという。マドンナ側はこの曲をシングル・カットするつもりはなかったのだが、このビデオを撮影したこともあってシングル・カットしたともいわれているようだ。楽曲、ビデオ共に評価は高いが、全米シングル・チャートでの最高位は20位で、これによって1984年の「ボーダーライン」から続いたマドンナの全米シングル・チャートでのトップ10入りは17曲でストップすることになった。

 

マドンナはウォーレン・ビーティと共演した映画「ディック・トレイシー」が公開されるタイミングで、「ヴォーグ」は映画の中で使われていなく、内容もまったく関係ないながら、この作品に関連したアルバム「アイム・ブレスレス」に収録されることになった。全体的にオーセンティックな雰囲気が漂うこのアルバムにおいて、「ヴォーグ」のハウス・サウンドは明らかに浮いていた印象があるのだが、クラシックなイメージという点では共通する部分もあったかもしれない。

 

「ディック・トレーシー」の映画がディズニー系ということで、「ヴォーグ」の一部、煽情的に思われなくもない歌詞は書き換えられたという。ミュージック・ビデオにおいても、マドンナのバストのかたちがはっきりと分かるカットについて、「MTV」から意見があったようなのだが、マドンナ側はこれに応じず、そのまま放映されたようだ。「ヴォーグ」についての映像といえば、デヴィッド・フィンチャーが監督したミュージック・ビデオも素晴らしいのだが、「MTVビデオ・ミュージック・アワード」でのマリー・アントワネットを思わせるパフォーマンスがまた至高である。

 

この年の秋にマドンナにとってはじめてのベスト・アルバム「ウルトラ・マドンナ~グレイテスト・ヒッツ」がリリースされるのだが、これにも「ヴォーグ」は収録されている。これ以降もマドンナはさらなるチャレンジを続け、今日、主張する女性アーティストたちが大活躍するポップ・シーンにあたえた影響は絶大なわけだが、その途中での一区切りとしても、このシングルは相応しいものだったような気がする。