ここ最近の日常や横山玲奈(モーニング娘。’20)のことなどについて。 | …

i am so disappointed.

ここ数週間は以前に比べ、ブログを更新する頻度が著しく落ちているわけだがアクセス数などはそれほど変わらず、一体、誰に何が読まれているのやら、気になるところである。とりあえずかなり以前に書いたカイリー・ミノーグについての記事などがよく読まれているようなのだが、理由は定かではない。

 

それはそうとして、新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、外出の自粛などが要請されていて、仕事もできるだけ出社せずに行われたり休業されたりする傾向が強い昨今である。ところが日本の場合は政府による休業補償の類いが十分ではないこともあり、生活を維持するために出社して仕事をせざるをえない人たちも多く、効果がひじょうに薄いのではないかということもいわれたりもする。

 

これだけならばまだ矛先がわりと明確であり、いまとなってはまだましな方ではあるのだが、そうではなくて、完全にレジャー感覚で危機感が希薄で、普段通りに外出をエンジョイしている人々が、メディアでよく取り上げられているらしい閑散とした繁華街から離れたところが腐るほどいて、これはもう教育の失敗だとか、糸井重里的な空気を許容したことに対する深い反省だとかいろいろなことを考えさせられ、そもそもが絶望ベースで楽しみを見つけようとしていたところが、まだまだ絶望が足りなかったなと思わされたわけである。

 

それはさておき、そのように理性や想像力を著しく欠いたマインドが可視化されるほどに、個人的には憂鬱な気分を抱えながらも、物理的には忙しくなるわけであり、いろいろと弱ったものである。

 

ジョン・レノンはかつて「神とはその人の苦痛を測る概念」であるというようなことを歌い、原田知世は「恋した時みんな 出会う自分だけの神様」と歌った。

 

「神対応」とか「神回」とか「神曲」とか、昨今の日本人は「神」という言葉をカジュアルに使いすぎではないかという気がしなくもないのだが、それもまたベーシックには無神論マインドが蔓延しているがゆえなのかも、とかそういうのはまあ別に良いとして、しんどい時にこそそういうものをわりと求めがちとか、つまりはそういうことなのだろう。

 

最近、ブログもろくに書いていないので、一時的にわりと盛り上がっていたモーニング娘。’20の横山玲奈に対する熱もすでに落ち着いてしまったのではないかとか、そんなふうに思われている可能性もあるのだが、実際のところはその真逆であり、ブログを書く余裕すらない日常の癒しとして、横山玲奈の動画を観たり音源を聴いたり、そういうことばかりやっている現状である。

 

かつて道重さゆみに思いがけずハマった時に、私をごく一般的なアイドルファンと差別化するために、別に癒しのようなものを求めているわけではないとか、男は癒されたら終わりだとかそういうことをよく言っていたような気がするのだが、現在の私が横山玲奈に無意識的に求めているものは、間違いなく癒しである。

 

ところで、横山玲奈による「笑顔で元気に過ごしましょー!」というひじょうに短い動画があるのだが、これなどはわずか12秒間の中に横山玲奈のある面における魅力のエッセンスがぎゅっと凝縮されているようなところがあり、精神的なドラッグでもあるかのように、日常的に視聴しては回復するという強力な効果を得ているわけである。

 

 

ところで、横山玲奈は2001年2月22日生まれで、現在は19歳である。基本的に良い大人の男性がこのような若い女性を良いと思うことが、個人的にはひじょうに気持ち悪いと思っているのだが、これまでに私自身にそのような事態が生じた場合、それはパフォーマーやアーティストとしてのリスペクトなのだということにして、納得させていた。

 

横山玲奈のことは明石家さんまがメインパーソナリティーを務めるラジオ番組「ヤングタウン土曜日」のレギュラー出演者としても少し前からなんとなく知っていたし、好感もいだいていたのだが、それほど大きな存在ではなかった。昨年の12月にモーニング娘。’19のライブビューイングに行ったのはたまたま日程が空いていたのと、直近の楽曲が久々に気に入っていたからなのだが、品川の映画館でライブパフォーマンスを観ているうちに、気付けば横山玲奈の姿ばかり追いかけていた。とにかく、ニコニコ楽しそうにパフォーマンスしているのがよかった。

 

それから、加入してから約3年間のブログ記事をすべて読んだり、ラジオ番組を欠かさず聴くようになるのだが、すべてにおいて本当に素晴らしい。

 

アイドルというのはほぼ同世代のファンが疑似恋愛的な気分で応援するのが最も正しくて美しいという印象があり、それはかつて私もそのような体験をしていたからという部分がひじょうに大きい。ところがいまやアイドルファンの年齢層はひじょうに幅広く、中高年の男性が自分の娘や場合によっては孫であってもおかしくないような年齢のアイドルを応援している場合も少なくない。これに対して、私は自分のことは棚に上げまくって、それほど健全なことではないのではないかと、なんとなく思っていた。

 

しかし、それはおそらく疑似恋愛的な感覚とはまた、大きく違ったものなのだろうな、といまならば想像ができる。

 

アイドルファンの高齢化と社会における少子化とは、けして無関係ではないような気がする。私個人の話をするならば、もうすでに20年以上、結婚しているのだが、子供はいないし今後もこのままである可能性がほぼ確実である。中高年のアイドルファンが、アイドルを応援することについて、娘の成長を見守るようなものだというようなことを言っているのを聞いて、まったくピンときていなかったのだが、ああなるほど、そういうことだったのかと、横山玲奈の魅力に気付いてから、なんとなくそれが分かったような気がしないでもない。

 

横山玲奈は家族のことが大好きであり、お父さんは洋楽が好きだったようだ。車の中でよく流していて、その影響でノーランズの「ダンシング・シスター」やカーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」などが好きになったようだ。数年前に亡くなり、現在は天国からその活躍を見守っているわけだが、当初、そのことは公表されていなく、その状況で直後のライブでのパフォーマンスをやり切った横山玲奈を、ファンは賞賛したようである。そして、当時の各メンバーが横山玲奈について書いたブログでのコメントには感動的なものが多く、本当に愛されているのだなと感じた次第である。