NegiccoのKaedeがソロ活動を本格化することを発表したのは昨年だったが、手焼きCD-Rシングル「クラウドナイン」、この曲も収録したミニアルバム「深夜。あなたは今日を振り返り、また新しい朝だね。」、さらにはシングル「Remember You」と順調にリリースを重ね、しかもそのすべてが素晴らしい内容であった。そして昨年末、KaedeのニューアルバムがCDショップでディスプレイされている写真を、Twitterのタイムラインで見かけた。内容を絶賛するツイートも、いくつか目にしたような気がする。とにかく年末でバタバタしていたことと、そのうちどうせちゃんと聴くのだろうという思いもあり、情報を調べることすらしていなかった。このリリースについてはまったく知らなかったため、少し驚きもあった。
年が明け、やっと曲目などを確認したり、聴くことができるようになった。正式な発売日は、2020年1月1日である。シングル「あの娘が暮らす街(まであとどれくらい?)」「ただいまの魔法」「Remember You」、カップリング曲の「それもきっとしあわせ」「スウィート・リグレット」が収録されている。「深夜。あなたは今日を振り返り、また新しい朝だね。」には企画盤の意味合いが強く、これこそがいわゆるソロ・デビュー・アルバムなのだろうか。そんな感じが、なんとなくした。
1曲目のタイトルが「2020」、まさに今年のことである。サブスクリプションサービスのカタログに追加されていることを知った真夜中の寝床で再生したのだが、これはとても良さそうな気がするので、翌朝、ちゃんと聴くことにしようと思い、一時停止のアイコンをタップした。
電車はちゃんと混んでいた。iPhoneの再生のアイコンをタップすると、イヤフォンの向こう側から音楽が流れてきた。前の夜にも思ったのだが、声がとても低い。Negiccoにおいても、Kaedeは低音パートを担当することが多く、それが魅力にもなっている。といっても、フランク永井のような低音の魅力というわけではもちろんなく、アイドルポップスとしては、という程度である。それにしても、この曲ではさらに低い。歌詞は男性の言葉であり、懐かしいものが無くなっていくが、それでも未来に向かって歩いていこう、というようなニュアンスを感じる。新春のリリースに相応しい、前向きな曲である。そして、ギターがカッコいい。アイドルがロック風の音楽をやっているというよりは、ロックを好きなアイドルが相応しい曲を歌い、それを演奏も支えているという感じである。ボーカルの重ね方がとても面白く、実はやや実験的でもある。
それから数時間後、私はこの曲がTRICERATOPSのカバーであったことを知る。2002年にシングルでリリースされ、アルバム「Dawn World」にも収録されている。作詞・作曲は和田唄であり、最高なシングル「ただいまの魔法」と同じである。KaedeはTRICERATOPSのファンであり、ライブで競演した時に、この曲をリクエストしたこともあるという。
続いて、「あの娘が暮らす街(まであとどれくらい?」で、この曲は2017年にソロ・デビュー・シングルとしてリリースされた。やはりKaedeがファンであるスカートの澤部渡による楽曲である。Kaedeのボーカルはやはりとても魅力的だが、現在とはかなり違っているようにも思える。初々しさがあって、とても良いと思う。ここではないどこかへ行こうとする点において、アティテュードとしてロックを感じるのだが、未来への期待や確信に満ちてもいる。よって、この初々しいボーカルは大正解なのであろう。
そして、シングル「さよならの魔法」のカップリング曲でもある「スウィート・リグレット」であり、これもスカートの澤部渡による楽曲である。リズムがオーソドックスで、どこかオールディーズ感覚もあるのだが、ナイアガラサウンドに対してとよく似た愛着も覚える。ギターがカッコよく、しかもボーカルと同じベクトルというか意思を持ち、とても有機的に感じられる。
次に収録された曲が「微弱的流動」というタイトルであることを後で確認して知るのだが、これはとても不思議な感覚を持ち、ひじょうに気になる。80年代のアイドルのLPに入っていそうな曲調だが、誰のどれという訳でも特に無い。トロピカルでありながらアーバン、シティでありリゾートなポップス、しかもカッチリし過ぎていなく、程よくゆるい。絶妙に素敵で、ありそうで滅多に無い。こんな曲を一体誰が書いたのだろうと調べてみたところ、台湾のシティ・ポップ・バンド、EVERFORの蘇偉安だという。まったく知らなかったが、チェックしてみたいと思った。
続いて、「それもきっとしあわせ」はシングル「あの娘が暮らす街(まであとどれくらい?)」のカップリング曲で、鈴木亜美 joins キリンジのカバーである。人の幸せにはいろいろあるというようなことを歌った曲だが、これをアイドルとしての覚悟だとか理想について歌われているというように持て囃す意見もあるようである。この点については、私にはちょっと難解すぎてよく理解できないのだが、ポップスとして優れていることはなんとか分かるのである。
次の曲は「永遠の断片(かけら)」というタイトルであることを後に知るのだが、これもまたとても気になり、そして、気に入った。テクノ歌謡と呼ばれるものの中でも、上品な部類のものを連想させる。テクノ歌謡的なポップスはリバイバルの傾向もあり、わりとその影響を受けた音楽もありがちなのだが、こっちの路線はそうでもないような気がする。一体誰が書いたのだろうとこれも気になったのだが、原田知世の楽曲などで知られる伊藤ゴローだと知って、納得した。
「花束」は失恋をして、旅に出る心境を歌った曲である。情景が目に浮かぶような素晴らしい歌詞を、Kaedeが絶妙なニュアンスを生かしたボーカルで歌う。「夢も人生も全て 捧げても良かった」とさえ本気で思えたものの喪失について、淡々とも取れるボーカルで歌う。淡々としているようでもあることにより、その奥底にある感情や、それに対しての態度が尊く感じられて泣ける。とある(ご本人は否定されるが)著名なNegiccoファンが通勤電車で聴いていて、号泣するのも無理はないと思えた。私は心が汚れているので、同じく通勤電車内で聴いていたものの、泣けるほどではなかったが、ひじょうに心を揺さぶられたことは確かである。
この曲からの「Remember You」というのが、またひじょうにヤバいと言わざるをえない。告げずにあきらめた恋、それでも感謝をしているというところがとても感動的なのだが、人生には不本意にもあきらめなければならなかった物事があまりにも多く、私はこの曲をそれらのすべてについて、慰め癒してくれるものだと拡大解釈するという気持ちが悪くて気持ちの良い聴き方をしているのだが、アルバムの中でこの曲を聴いて、その理由が分かった。それは、Kaedeのボーカルにとても説得力があるからなのだ。Kaedeは大きな声量で歌いあげるタイプのボーカリストではなく、平熱感覚でのニュアンスが素晴らしいというようなところがあるが、この曲における力強さというのは、まさにその最たるものだと思えなくもない。声高ではない分だけ、そこに込められた思いの強さというか、経てきたプロセスによって培われた強さというか、そのようなものを感じさせ、一般庶民の多くはきっとそうして生きてきていると思えるので、そこのところのリアリティーがたまらないのである。
「夜明けの部屋」は上海出身、日本在住のシンガーソングライター、王舟による楽曲である。Negicco「裸足のRainbow」にも通じるエヴァーグリーンポップ感もありながら、Kaedeのボーカルがややウェットにも感じられる。
アルバムの最後の曲は2018年の夏の終わりにシングルでリリースされ、個人的に本当に大好きな「ただいまの魔法」である。私が心底信じてはいない「永遠」という概念について、「おとぎ話ではなくて 愛を知った時 心に宿るのでしょう」と歌われている。アルバム1曲目の「2020」と同じく、TRICERATOPSの和田唄による楽曲である。「ただいま」という言葉こそが魔法であり、そう言える場所こそが大切なのだというメッセージが心に響くし、結局のところそうなのだろうなと共感ができる。元々、大好きな曲だが、この素晴らしいアルバムの最後に聴くと、さらにその良さが実感できる。
すでに知っているシングルやカップリング曲に間に、これらほどシングル向きではない新曲が収録されている。これこそが本来、私が知っているアルバム、というかLPであり、「今の私は変わり続けてあの頃の私でいられる。」はそれに近いものにも思える。シングルではない曲はシングル曲に比べ、弱いのではなくて、シングル向きではないだけで、アルバム収録曲として、シングル曲を凌駕するぐらいに素晴らしい。色々な時期やタイプのボーカルが収録されているが、Kaedeのボーカリストとしての魅力によって、統一感に欠けた印象ではなく、バラエティーにとみ、ドキュメンタリー的ですらある記録のようにも思える。このアルバムを聴いて、ボーカリストとしてのKaedeがさらに好きになったし、これは癒しとかそういうことではなく、単に体質に合うとか、そういうレベルのことではないかという気がしてきた。
かつて、私が体質に合うと思えたアーティストといえば、ポール・ウェラーや原田知世などなのだが、Kaedeはいまやそれらに匹敵しうる存在であり、出会えた奇跡に感謝、などといった凡庸なことを、非凡なレベルで感じたりはするのである。あと、タイトルがとても良いし、内容やKaedeというアーティストの本質を表しているようにも思える。
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