Kaede(Negicco)「Remember You」について。 | …

i am so disappointed.

新潟を拠点とするアイドルグループ、Negiccoは2003年に結成され、現在は17年目となる活動を行っている。アイドルグループとしてはあまりにも長きにわたる活動の過程では紆余曲折があったが、特にここ数年についてはキャリアを重ねるごとにファン層が広がり、活動も充実なように思える。などと書いている私にしても、Negiccoの音楽をはじめて聴いて、すぐにファンになったのはほんの3年半ほど前のことに過ぎない。当時はライブやイベントにも何度か足を運んでいたが、ここ最近はおもに仕事の環境が劇的に変わったことを理由に、いわゆる在宅ファンに甘んじているという不本意な状況である。

 

それはそうとして、これだけのキャリアがあるのだから、Negiccoのメンバーは年齢的にもすでに大人なわけで、そうなるとアイドルとして活動してくれるのはうれしいのだが、女性としてのしあわせもちゃんと掴んでほしいという気持ちにもなってくる。アイドルとはファンの疑似恋愛幻想をある程度満たすことによって成り立っているようなところもあり、ゆえに建前上、恋愛はご法度という印象があるからである。ところが、今年のはじめ、NegiccoのリーダーであるNao☆は結婚をすることや、その後もアイドルを続けることなどを発表した。しかも、これをファンが心から祝福するという、これまでのアイドルのイメージを覆すような状況が発生したわけである。

 

アイドルビジネスには、ある面において性搾取と取れなくもない側面もあるわけだが、アイドルポップスを愛好していながらフェミニストでも私にとって、これには悩ましいところもあったわけだが、そういった意味でもこれは素晴らしいことだと思ったのである。

 

NegiccoのメンバーであるNao☆、Megu、Kaedeはこれまでにもそれぞれソロ作品を発表していて、そのクオリティーはいずれも高いものであった。そして、Kaedeがソロ活動を本格化するというニュースがあり、Nao☆の結婚もあり、これはグループとしての活動をややセーブするということなのかとも思ったのだが、Negiccoとしても最高なシングル「I LOVE YOUR LOVE」がリリースされた。

 

Kaedeはすでにミニアルバム「深夜。あなたは今日を振り返り、また新しい朝だね。」をリリースしていて、これも素晴らしかったのだが、ここにきてさらにニューシングル「Remember You」を出してしまうという、たまらない充実ぶりである。

 

「Remember You」は作詞・作曲・編曲が堂島孝平で、ジャケットのアートワークもミニアルバムのモノクロームな感じとは一転してカラフルだったので、これもまた安心のクオリティーであることには間違いがなかった。

 

Kaedeが昨年リリースしたシングル「ただいまの魔法」を、私はとても気に入っている。この曲はKaedeがファンであることを公言しているロックバンド、TRICERATOPSの和田唄による作品であり、ポップスとして素晴らしい作品であった。一昨年の夏、品川で行われたNegiccoがカラオケボックスに来たていで好きな曲を次々と歌っていく様子をただただ観ているという夢のようなイベントの客席に私はいたのだが、Nao☆、Meguがモーニング娘。など、この年代の女性がカラオケで好んで歌い、盛り上りそうな曲をチョイスする中、普段、暗い曲しか歌わないなどと言って、少しは悩んではみたものの、結果的にスカート「CALL」などを歌うKaedeにたまらなく良いものを感じた。それほど派手ではない女子大学生を思わせもする私服ともあいまって、そのリアリティーの強度にはたまらないものがあったのである。

 

それはそうとして、1990年代の途中から日本のポップスをほとんどちゃんと聴いていなかった私は、堂島孝平というアーティストのことをよく知らなかった。とはいえ、TVKの「ミュージックトマトJAPAN」かなにかで「ハンモック」という曲のミュージックビデオを観たことはなぜか覚えていて、なんだかお気楽なことを歌っているな、という感想を持った。その後、高円寺でたまにカラオケなどに一緒に行くこともあったコワモテ風の同僚が、堂島孝平の曲をよく歌っているのを聴いて、ひじょうに強固なファン層を獲得しているのだとも感じた。

 

新しいポップミュージックというのは基本的に若者のためのものだという印象があり、そういう点において、私にとっては少なくとも1990年代のはじめぐらいには終わっていたという気がする。ところがほんの2016年以降、Negiccoの音楽が気に入ったのをきっかけにその周辺や楽曲提供者の音楽などを聴いていくと、好みのものが意外と多く、そういった意味で、Negiccoの存在はここ数年の私の音楽生活をひじょうに豊かなものにしてくれたということができる。

 

そんな中で、さいとうまりなの「はじまるふたり」という、おそらくそれほどポピュラーではない曲をとても気に入って、その作者が堂島孝平であることも知った。Negiccoではアルバム「ティー・フォー・スリー」収録の「SNSをぶっとばせ」で作詞、シングル「愛、かましたいの」の作詞・作曲を行っていた。「ティー・フォー・スリー」は最高の大人ポップアルバムなのだが、その中でOKAMOTO'Sの演奏により異彩を放つロックチューンが「SNSをぶっとばせ」なのだが、60年代テイストの楽曲にSNSでかつての恋人の結婚を知ってしまうというきわめて現代的な歌詞がたまらなく良い感じであった。そして、この素晴らしい大人ポップの後、Negiccoの音楽はどのような方向に進むのだろうと思っていたところ、次のシングルが堂島孝平による作品だと知り、シティ・ポップ的なアーティストだという先入観から、やはり「ティー・フォー・スリー」の大人ポップ路線を突き詰めていくのかと思っていたところ、「愛、かましたいの」はアジアンテイストのユニークな謎ポップで度肝を抜かれた。

 

そして、いよいよ「Remember You」が発表されたので聴いてみたところ、期待していたほどのパンチが感じられず、これはわりと地味なのではないかという印象を持ったのだが、じつはこれがとてつもないスルメ曲であり、じんわりと効いてきて、すっかり魅了されてしまった。

 

「Remember You」、つまり、あなたを思い出すという意味なのだが、どこかノスタルジックな印象もあるアートワークともあいまって、過去を回想するような内容なのかと思いきや、リアルタイムの淡く痛い失恋ソングなのだと知り、「Remember」という単語の意味をすら捉え直す体験となった。

 

言わずにあきらめる恋というのは、じつはひじょうに多いとは思うのだが、それほど作品のテーマにはならない。ドラマ性に欠けるからであろう。

 

武士道においては「忍ぶ恋」という概念が重要であるとされる場合もあり、「恋の至極は忍恋と見立て申し候。逢ひてからは、恋の長けが低し。一生忍びて思ひ死にするこそ、恋の本意なれ」などといわれていたりもする。

 

ナイスでメロウないい大人でもある私は、必要に迫られてこの概念に救いを求めたことも過去にはあり、事情は様々であろうが、これは狂おしいほどの恋の気持ちにとって、ある程度の効きめがあることは、少なくとも私が身をもって経験している。

 

「Remember You」において、あきらめなければならない恋というのは、もう遅すぎるということのようだが、なにゆえにそうであるかについては言及されていないように思える。しかし、そこには直観があり、おそらくそれが人として正しく生きるために選ぶべき道だと判断する理性がはたらいている。これが人間であり、ここにとてつもない良さを覚える。

 

Kaedeのボーカルというのは、じつに不思議である。いわゆるディーヴァと呼ばれるようなタイプの歌手のように、感情を高らかに歌い上げることはないのだが、ニュアンスで伝わる。その平熱感というか日常感、その心の奥底にはさまざまな感情が雪のようにしんしんと積もっているのだが、それを表面には出さない。それでいて、たまらなく心地よいグルーヴが感じられる。これが日常を多少なりとも不承不承に生きているであろう、大人の男心に共感をもたらすのだろうか。というようなことは、ほとんど適当に書いている。

 

台湾で撮影されたという、ミュージックビデオというのがまたとても良い。ここに記録されているように、Kaedeは本当に良い笑顔をする。熱心なファンの方々と比べると、あまりにも少なすぎる現場体験において、私もそれを目撃している。しかし、その奥底にはネガティヴ、ポジティヴを含めた様々な感情があるわけであり、それは日常を多少なりとも不承不承に生きているであろうわれわれにとってあまりもリアリティーがあり、じつはそれをあまりカッコいいことだと思っていなかったりもする。

 

切ない恋の気分などというものはとうの昔に忘れてしまったことにしておくにしても、私がこの曲におけるKaedeのパフォーマンスにリアリティーを感じ、たまらない気分になるにはけして過ぎ去りし日に対する郷愁だけではなく、日常においてあきらめなければならないことに対する思い、そして、望むと望まざるとにかかわらず選んでいく、あるいは選ばれていく現在や未来に対するあやふやな気分に対し、それはけして間違えてはいないという確信のようなものをあたえてくれるからではないかと、思っている。日常に寄り添う音楽として、「Remember You」は少なくとも私に対しては機能していて、それは楽曲、そしてKaedeのボーカルパフォーマンスの強度によるものに他ならない。

 

これは、私が生きるために必要とする音楽のうちの一つである。