上板橋についての記憶。 | …

i am so disappointed.

京王百貨店新宿店で開催されている「第54回 元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」のチラシが朝日新聞の朝刊に折り込まれていたらしく、それに載っていた山陽本線明石駅のゴジラ対ひっぱりだこ飯が食べたいという意志表示があったため、それを聞いた以上、買ってくるべきではあるので、午後から出かけることにした。ついでなので、近々、フィールドワークをしようと思っていた池袋にも行ってみようと思い、新宿でJR山手線に乗り換えた。すると、東武東上線への乗り換え案内的なものが目に入って来たので、さらについでに上板橋にも行ってみようと思ったのだった。

 

上板橋では2002年から2003年にかけて仕事をしていたことがあり、その後も、音大生や及川光博ファンの主婦と飲みに行ったりするために何度か訪れていた。しかし、それもおそらくもう15年以上前の話だ。数年前に、幡ヶ谷の代々幡斎場で行われた葬儀で、当時、そこで働いていたベッキーによく似た女性と再会したのだが、千葉県の木更津の方で結婚をするということであった。

 

当時はただ仕事をしに行って帰って、また翌日に出勤するだけではなく、泊まり込むことも少なくなかったため、近くにマンションが借りられてもいた。実際に過ごした日数のわりには思い入れが強いのだが、その後、特に用事も無いので、疎遠になったまま15年以上が過ぎてしまった。というか、特にいずれ行こうとも思ってはいなかったので、もしかするともう二度と行っていなかった可能性もあるのだ。

 

東武東上線の乗り場はJRの改札からかなり近く、ホームまでの感じも記憶とは違っているような気がしたのだが、そもそもそれほどちゃんとは覚えていなかった。終点は成増であり、とんねるずの石橋貴明の出身地として、わりと早い段階から知っていた地名である。なぜなら、1985年にリリースされたとんねるずのアルバムのタイトルが「成増」だったからである。



6駅目の上板橋で下車し、かつて働いていた場所があった南口ではなく、まずは逆方向の北口に降りてみた。当時、こちら側にもよく行っていたからである。駅前の風景、道路の形などはおそらくそのままなのだが、店などはかなり変わっているような印象を受けた。とはいえ、それほどはっきり覚えているわけではない。看板にスーパーマリオのイラストが描かれたゲームショップがあったような気がするが、当時からすでに閉店していたような気がするし、当然、もう無かった。真っ直ぐ歩いていき、信号のところで右の方を見ると、当時、よく行っていたイトーヨーカドーがいまもちゃんとあった。以前、この中にCDショップがあり、記憶の中では新星堂だったような気がするのだが、はっきりと覚えてはいない(調べてみたところ、やはり新星堂で、3階にあったようだ。2010年2月4日に閉店したという)。ここでAORのコンピレーションCD「breeze~AOR best selection」を買った記憶がある。このCDは好評だったようで、その後、シリーズ化されたはずである。1980年代の洋楽を集めたコンピレーションCDの先がけともいえる「ザ・エイティーズ」がリリースされたのも、この頃のことであった。とりあえず中に入って、一番上の階まで行って、また下りてきたのだが、よく考えるとCDショップにしか行っていなかったような気もしてきた。



駅の中を通り、今度は南口の方に出てみた。いきなり、名代富士そばがあった。当時はなにがあったのかまったく思い出せないのだが、もしも名代富士そばだったとしても、当時はまったく興味がなかったので、おそらく認識していなかったような気もする。名代富士そばには店舗限定のメニューがある場合も考えられるので、ショーウインドーを見てみると、なす天おろしそば・うどん、旨辛唐揚げおろしそば・うどんという、他の店では見慣れないメニューがあった。商店街を歩くのだが、当時の記憶がほぼ喚起されない。それだけ変わってしまっているということなのだろうか。明らかに当時からあるだろうと思われる店も、いくつかあった。そして、視界に入った古書店の緑色の看板が、一気に記憶を呼び覚ました。まさか、ここが現在も残っているとは。そして、そこで撮影した写真を確認していると、「レコード・テープ・CD オーデオ 孝電社」という看板も写っている。私がこの街で仕事をしていたはじめの頃、確かにこの店はあったような気がするのだが、途中で無くなったのではなかったかと思う。





また、これもおそらくかなりの確率で無くなっているだろうと思っていたレンタルDVDショップが現在も存在していて、床のカーペットやレジカウンターの場所なども、おそらく当時のままであった。店名は変わっていて、当時は取り扱っていなかったゲームやトレーディングカードなども売っているようだった。当時、ここで音大生とプリクラを撮ったことがあったが、さすがにもう設置されていなかった。この店で真冬にKICK THE CAN CREW「地球ブルース~337~」が流れていたことを、なぜかよく覚えている。


向かい側の合鍵の店は現在も営業していたが、マツモトキヨシがあった場所は居酒屋のような店になっていた。大きな看板を持った店員が外で大声を張り上げていて、とても活気があったのを覚えている。それから、広い通りの所まで歩いていたところ、またしても突然の記憶がフラッシュバックした。ジンギスカンの店がこの辺りにあり、おそらく間違いなくもう無いとは思うのだが、北海道で食べるものよりも、肉がかなり厚めにカットされていた。広い通りに出たのだが、横断歩道を渡った向こう側にあったと記憶している松屋やセブンイレブンは、もうすでにそこにはなかった。セブンイレブンの店長が阪神タイガースのファンで、レジカウンターのところに勝手に応援グッズなどを並べていた。朝、爽やかなBGMにのせて、陽気にジャンボフランクを焼いたりしていたのだが、そこで阪神タイガースの話をするのがわりと楽しかった。




どさん子ラーメンの隣、和食れすとらん天狗が入ったビルの上の階に、当時、会社で借りていたマンションの部屋があり、そこで寝泊まりしていることがわりと多かった。

 

その後、池袋に行く予定だったのだが、確か当時、セブンイレブンがあった場所の辺りから池袋行きのバスに乗れたはずである。確かにその辺りにバス停留所はあったのだが、行き先はまったく違っていた。それで、やはり東武東上線で池袋に行こうと思い、来た道を戻っていくことにした。すると、こちらの方向からしか見えない看板などがいくつもあり、いろいろと懐かしかった。



ちなみに逆方向にさらに行くと、現在はチェーン展開されている蒙古タンメン中本の本店がある。この街で仕事をしていた頃には話はいろいろ聞いていたものの、行ったことはなかったのだが、後にベッキーによく似た女性スタッフについての用件で訪れた時に初めて行ってみた。ものすごく辛くて、これをどうして周りの人たちは平気で食べられているのだろうと思ったのだが、しばらくするとまた食べたくなっていて、また別の用事で上板橋に来た時には食べに行っていた。当時、蒙古タンメン中本は上板橋にしかなかった。テレビでものまね番組のようなものが放送されていたのだが、当時はテレビをまったく観ていなかったし、お笑いにも興味がなかった。木村祐一が舘ひろしに扮しているようで、女性コーラスが歌う「猫踏んじゃった」の替え歌が流れている。歌詞は「舘、言っちゃった、舘、言っちゃった、舘ひろし、こんなこと言っちゃった」、そこで音楽が止まり、舘ひろしに扮しているらしき木村祐一がカメラに向かって「ゲッツ」と、当時、流行していたダンディ坂野のギャグを言い放った。

 

どら焼きが有名で開店前から客が並ぶがすぐに売り切れることで知られる石田屋もちゃんとあり、やはり本日のどら焼きは売り切れたことを伝える告知が出されていた。駅までの間にチーズラーメンを推しているラーメン店があったような気がするのだが、それはもう見当たらなかった。駅に蒙古タンメン中本の看板があり、上板橋駅の北口から徒歩5秒と書かれていた。どうやら駅前に移転したようであり、調べてみたところ、それは2013年6月25日だったようだ。以前は高円寺にもあったのだが、もう無くなってしまった。現在、行きやすいのは新宿店だろうか。



当時、双子の姉妹の妹が洋楽をよく聴いていて、J:COMでMTVが観られるようになったと言って、喜んでいた。コールドプレイの「クロックス」とかホワイト・ストライプスの「セヴン・ネイション・アーミー」とか、その辺で盛り上がっていた記憶があるが、私はホット・ホット・ヒートの「バンデージズ」などを気に入っていたはずである。当時、人気があったロシアのポップ・デュオ、t.A.T.u.が出演する「ミュージックステーション」の観覧に当たって楽しみにしていたが、当日にドタキャンされムカついた話なども聞いた気がする。

 

 

t.A.T.u. t.A.T.u.
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