WHY@DOLLの配信番組「ほわどるに恋なのサー」をつけていると、いつもはフリートークのコーナーにスペシャルゲストとしてギタリストの越川和磨さんが登場し、トークとスペシャルギフトの紹介の後で、「Dancin' For Broken Heart」のアコースティック・ライブにも参加してくれた。これが素晴らしく、思わず予定よりも多くのスペシャルギフトを投げ入れてしまったのであった。
「Dancin' For Broken Heart」は3月24日に行われたWHY@DOLLのワンマンライブツアーファイナルのために、越川和磨さんが師匠と慕っているという日高央さんが書き下ろした新曲で、いまのところ音源化もされていないため、先日リリースされたばかりのライブDVDでしか聴くことができない貴重な曲だったのである。それが今回、「ほわどるに恋なのサー」で披露されたことにより、Periscopeのアーカイブでも視聴ができるようになった。しかし、アレンジはまったく異なっている。
この曲の初披露に先がけ、日高央さんは「ネオアコ」というキーワードや「トレイシー・ヤング」「D.C.リー」という女性シンガーの名前をツイートしていた。トレイシー・ヤングとD.C.リーとは共にポール・ウェラーと関わりのあったシンガーであり、ザ・スタイル・カウンシルあたりの音楽性が予想された。私はWHY@DOLLの音楽を約1年半ぐらい前に聴いてすぐに気に入ったのだが、それはおそらくこれまでのポップ・ミュージックリスナーとして培われた個人的な嗜好に合っていたからではないかと思う。ファンクやシティ・ポップなどからの影響が指摘されていたが、一部の曲におけるオルガンソロであったり、ミニ・アルバム「NAMARA!!」の一部の楽曲のカフェ・ミュージック的な部分にザ・スタイル・カウンシルに近いといえば近いものも感じていた。しかし、曲そのものがズバリそれっぽいものはなく、ひじょうに期待が高まっていた。
ライブで初披露された「Dancin' In The Broken Heart」は本当にカッコいい曲で、私の音楽的な好みに対してもどストライクであった。そして、確かにザ・スタイル・カウンシルや、おそらくそれに大きな影響を受けたであろう初期のコーネリアスに近いものを感じた。すごく好きなのだが、「ネオアコ」というキーワードから予想していたのとは少し異なった印象を受けた。
「ネオアコ」はネオ・アコースティックの略なのだが、日本独自で用いられる音楽ジャンルのカテゴリーであるらしく、その定義も人によってやや異なるのかもしれない。
ネオ・アコースティックの代表的なアーティストといえばアズテック・カメラやエヴリシング・バット・ザ・ガールのことが思い浮かび、イギリスのチェリー・レッド・レーベルからリリースされていたコンピレーション・アルバム「ピローズ&プレイヤーズ」のジャケットが思い浮かんだりもする。流行したのは1980年代の前半あたりだろうか。それからしばらく流行の音楽ではなくなっていたのだが、一部の愛好家の間では人気が根強く、そんな中から登場した日本のバンド、フリッパーズ・ギターが思いもよらぬブレイクを果たし、ジャンルそのものの再評価を促進したような気がする。六本木ウェイヴに置かれていたフリッパーズ・ギター「カメラ・トーク」のプロモーション用チラシの裏面には、ネオアコの名盤紹介のようなものが載っていた。フリッパーズ・ギターは当時、「フリキュラマシーン」という連載を持っていた雑誌「宝島」の「VOW」というページにネタを投稿した際に、「ネオ&アコ」というペンネームを用いていた。
この頃、私がアズテック・カメラ「ハイ・ランド、ハード・レイン」やエヴリシング・バット・ザ・ガール「エデン」あたりをたまたまリアルタイムで聴いていたというだけで、アニエスベーのベレー帽をかぶってボーダーのシャツを着たタイプのおしゃれなオリーブ少女からまともに話を聞いてもらえるようになったため、あたかもずっとそのようなタイプの音楽が好きだった風を装っていたが、1980年代の後半はそんな音楽のことはすっかり忘れていて、パブリック・エナミーやデ・ラ・ソウルや岡村靖幸などを主に聴いていた。
アズテック・カメラ「ハイ・ランド、ハード・レイン」のリリース日は1983年4月19日ということだが、日本では細川たかし「矢切の渡し」、アメリカではマイケル・ジャクソン「ビリー・ジーン」、イギリスではデヴィッド・ボウイ「レッツ・ダンス」がシングル・チャートの1位だったようである。「ハイ・ランド、ハード・レイン」の全英アルバム・チャートでの最高位は22位、シングル「想い出のサニー・ビート」は47位止まりだったが、秋に再発されて18位まで上がったようだ。
この頃、私はまだ全米ヒット・チャートものを中心にポップ・ミュージックを聴いていたのだが、少しずつそれ以外のものにも手を出しはじめていて、マルコム・マクラレン「俺がマルコムだ!!」がやたらと気に入っていた。「ミュージック・マガジン」ではアフリカのキング・サニー・アデ「シンクロ・システム」 などを推していた。当麻町から旭川の高校に汽車で通っているインディー・ロックに詳しい友人がいて、翌年、1984年のはじめに「ハイ・ランド、ハード・レイン」のLPレコードを貸してもらった。それまでラジオなどでも一度も聴いたことがなかったと思う。一緒に貸してもらったのがキッド・クレオール&ザ・ココナッツでどちらも気に入り、録音したカセットテープを風呂に入っているときによく聴いていた。
私が洋楽を聴きはじめた頃はディスコやニュー・ウェイヴが流行っていて、レコードを聴きはじめた頃は産業ロック、それからブリティッシュ・インヴェイジョンでエレ・ポップのようなものが最先端でカッコいいような印象があった。あと、イエロー・マジック・オーケストラを中心とするテクノポップのブームが社会現象化していた時代もリアルタイムで経験していたため、アズテック・カメラのアコースティックなサウンドと真っ直ぐな歌はひじょうに新鮮に感じられた。それから、これはキッド・クレオール&ザ・ココナッツと一緒に聴いていたせいでもあるのだが、どこかトロピカルな印象をも持っていた。
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当時、私は日曜の夕方でNHK-FMで放送されていた「リクエストコーナー」という番組をよく聴いていた。この番組では、全米や全英のヒット・チャート上位に入った曲がほぼすべて、ノーカットで放送された。いまどきのFM放送のように、イントロにDJの曲紹介がかぶったり、曲の途中でフェイドアウトするようなことはない。それほどたくさんのレコードを買うことができない高校生としては、ひじょうに重宝する番組であった。ある日の放送の後半で、全英ヒット・チャートからザ・スタイル・カウンシルの「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」がかかった。すぐに気に入って、録音したカセットテープを何度も何度も繰り返し聴いた。その時の印象は、アズテック・カメラの「想い出のサニー・ビート」に似たようなところがあるが、もっとポップで大人っぽいという感じであった。いま聴くとそれほど似てはいないのだが、当時のヒット・チャートに入っているような曲の中で聴くと、同じようなカテゴリーのように思われたのかもしれない。つまり、私はこの時点でザ・スタイル・カウンシルの音楽をネオ・アコースティックであるアズテック・カメラに近いものとして聴いていたのである。とはいえ、当時、アズテック・カメラの音楽をネオ・アコースティックと認識していたかといえば、おそらくそんなことはなく、その言葉をまだ知らなかったような気がする。
ザ・スタイル・カウンシルの曲はその前の年にヒットした「ロング・ホット・サマー」を知っていて、それはソウル・ミュージックに影響を受けたようなものであり、ネオ・アコースティック的な要素は感じなかった。ザ・スタイル・カウンシルはザ・ジャムというイギリスですごく人気があるが、アメリカではそうでもないバンドを解散してポール・ウェラーが新たに結成したユニットであり、音楽性が変わってしまったためにザ・ジャムの頃からのファンの間では賛否両論がある、とそのような情報は知っていたような気がする。私はこの時点でザ・ジャムについては、「悪意という名の街」をたまたま聴いたことがあって、怒れる若者とか過激なイメージがあるわりにはものすごくポップな音楽ではないか、などと思っていたはずである。思い入れもほぼなかったので、すぐにザ・スタイル・カウンシルを支持することができた。日本にはそのようなミーハーな音楽ファンがわりといたらしく、ザ・ジャムを解散してポール・ウェラーがこのユニットを結成した意図だとか、じつは歌詞に込められている政治的なメッセージなどとは関係なく、当時、流行していたカフェ・バーにぴったりなおしゃれな音楽として、シャーデーなどと同様な消費のされ方をしていたような印象がある。インディー・ロックなどには思い入れがまったくなさそうな大学のテニス少年がザ・スタイル・カウンシルのことを「スタカン」などと略していっているが、なんだかすごく嫌だったのだが、私もそれと大差がないただの流行りもの好きであった。
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この曲が目当てで買ったアルバム「カフェ・ブリュ」には、じつはシングルとは異なったピアノ伴奏のヴァージョンが収録されていたのだが、アルバムトータルとしてはおしゃれでとても気に入っていた。その頃、NHK-FMの「軽音楽をあなたに」で、「カフェ・ブリュ」にも参加していたトレイシー・ソーンという女性アーティストの「スモール・タウン・ガール」という曲を聴き、その気だるげな感じがすぐに気に入った。「遠い渚」というアルバムに入っているらしく、ジャケットもシンプルなイラストが描かれていて、涼しげで良い感じである。これも確か当麻町から通っていた友人が持っていて、借りてよく聴いていた。ベン・ワットというアーティストと一緒にやっているエヴリシング・バット・ザ・ガールの「エデン」というアルバムもすごく良いらしいと聴いたが、これは翌年に高校受験のために東京に行った際に六本木ウェイヴで買った。このように、どうやら私はネオ・アコースティックっぽい音楽が好きらしいという気分にもなってはいたのだが、同時にブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・USA」、カーズ「ハートビート・シティ」、佐野元春「VISITORS」とかも普通に気に入って聴いていた。
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高校を卒業して東京で一人暮らしをするようになってからすぐにエヴリシング・バット・ザ・ガールがアルバム「ラヴ・ノット・マネー」をリリースして、池袋パルコにあったオンステージヤマノでもかなり推されていた。こうやって輸入盤がリリースされてすぐに買えるなんて、東京はやはりすごい所だなと感動したのであった。確か同じ日にプリンス&ザ・レヴォリューション「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」も買ったはずである。あと、カラーフィールドの「シンキング・オブ・ユー」が入ったアルバム「ヴァージンズ・アンド・フィリスタインズ」も、同じぐらいの時期に買ったような記憶がある。この曲もラジオで聴いてすぐに好きになった。
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ネオ・アコースティック、あるいはネオアコという言葉をどの時点ではじめて聴いたのかまったく覚えていないのだが、その後、このタイプの音楽はあまり聴かなくなったはずである。アズテック・カメラの2枚目のアルバム「ナイフ」はレコードレンタル「友&愛」で借りたが、「ハイ・ランド、ハード・レイン」ほど熱心には聴かなかった。「ハイ・ランド、ハード・レイン」はじつは自分では持っていなかったので、どこかのタイミングでCDを買ったのだが、いつ頃だったのかは覚えていない。
フリッパーズ・ギターがデビューしたのは1989年で、大学のインディー・ポップ好きの友人からすすめられてはいたのだが、あまり興味が持てずに聴いていなかった。当時、ポップ・ミュージックは永久にそのサウンドが進化していくものであり、ヒップホップとかアシッドハウスとかがあるのにいまさらギター主体のインディー・ロックなど聴く気がしないとじつは本気で思っていたし、日本のバンドが英語で歌っているというのもあまり気がすすまない原因であった。1990年にやはり英語の「フレンズ・アゲイン」のシングルが少し話題になって、それはポップで良さそうだったので買った。要するに何の節操もないただのミーハーである。一緒に高野寛「虹の都に」やドリームズ・カム・トゥルー「笑顔の行方」なども買っていたのだから。
そして、初の日本語詞による新曲だという「恋とマシンガン」を聴いて度肝を抜かれた。当時、コンビニエンスストアの夜勤のアルバイトをしながながら昼間は大学に行っていて、テレビなどはほとんど観ていなかったので、CDを買ってはじめて聴いた。洗練されたポップでカッコいい音楽に、日本語の歌詞が乗っているのだが、まったく紋切り型ではなくユニークで、それでいて文学的な雰囲気もある。カップリングの「バスルームで髪を切る100の方法」がザ・スタイル・カウンシル「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」へのオマージュのようでもあり、さらに驚いた。数ヶ月後にリリースされたアルバム「カメラ・トーク」を発売日に渋谷のウェイヴで買い、自室のシステムコンポで聴くと、先行シングルに続く2曲目「カメラ!カメラ!カメラ!」が、どこか懐かしくも感じられる打ち込みであった。しかも、アルバムや曲のタイトル、歌詞などにネオ・アコースティックのバンドを思わせる単語がいくつも入っていて、すぐに気に入ってしまった。
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それから少しの間、フリッパーズ・ギターが好きかそうではないかという価値観で、新しい友達が増えたり増えなかったりするという状況が本当に実在したし、別にまったく詳しくはないしフリッパーズ・ギターを聴くまではとっくに過去のものだと考えていたネオ・アコースティック系の名盤たちをリアルタイムで聴いていたということが何らかの価値を生み出したりと、まったく想定していない状況が生まれた。
ザ・スタイル・カウンシルがネオアコかといえばそうは思わないのだが、たとえばネオアオ名盤選といったものに「カフェ・ブリュ」「アワ・フェイヴァリット・ショップ」などがあがっていたとしてもそれほど違和感を覚えないのは、おそらくこういうことがあったからだろう。
それはそうとして、いずれにしてもWHY@DOLLの「Dancin' For Broken Hearts」は早く音源化してほしいのと、まったくの余談だが私が最も好きなネオ・アコースティックのバンドはオーストラリア出身のゴー・ビトウィーンズである。
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