光源 | …

i am so disappointed.

帰宅するとヤマト運輸株式会社からのご不在連絡票が届いていて、それは数日前にNegiccoのオフィシャルホームページを通じて注文したネギライトに違いなかった。ネギライトとは、Negiccoを応援するためにファンの人たちが手に持って振ったりするネギの形と色をしたライトのことである。

 

昨年も買っていろいろな所に持って行ったのだが、破損してしまい、新しいのを買わなければならなくなった。昨年7月のNHKホール以降、いろいろと忙しすぎてNegicco現場には行けていなかったのだが、その忙しくしていた理由もとりあえず無くなって、それ自体はものすごく悲しいことではあるのだが、おかげで未来への限りない夢と希望の代わりに、自由に使える時間をたっぷり手に入れた。

 

それで、やはりNegiccoの東京でのライブのチケットが取れたので、早速それに行くのだが、まったく予定調和的でつまらなく思うのと同時に、やはりとても楽しみではある。というか、それぐらいしか楽しみがない。

 

いや、実際にはそうでもないが、それぐらい言っておきたい気分でいっぱいである。

 

ご不在連絡票の差出人欄には、おそらく担当ドライバーの手書きで「Negicco」と書かれていた。メンバーから直接届けられたかのような錯覚が愉快ではあるのだが、家の人にもはっきりと分かるわけである。この差出人の欄が見られたのかどうか、はたまた「Negicco」と書かれたのを見たところで、それがアイドルグループのことだと気がつくのかどうか。

 

もしも気になったとすれば、調べればすぐに分かることなのだが、おそらくそれほど興味はないであろう。

 

それで、iPhoneから再配達を依頼したところ、Huluで「名探偵コナン 戦慄の楽譜」を観ている途中で届いた。

 

今回、新しいタイプのものを注文したはずなのだが、見た目、以前のものと変わらないように見え、誤発送されたのではないかと疑いもしたのだが、よく見ると「ive Local, Live Nice.」の文字が入っていたので、やはり新しいやつである。昨年買ったやつには、確か「Never Give Up Girls」とか書かれていたはずである。

 

あと、一旦、Negiccoのスイッチが入ってしまうと、またしても新潟に行きたい気分が盛り上がってきて、となると、やはり来月の古町どんどんなのではないかという気分になってくる。

 

じつは昨年の古町どんどんの時は、なぜか足首に謎の激痛があり、あまり思うように歩きまわれず、時間はたくさんあったにもかかわらず、ほとんどホテルか新潟駅前の自遊空間にいたのである。

 

いま思うと、あの足首の謎の激痛は、DJ Meguが出演した「RELAX」というイベントで、何時間も立ちっぱなしで踊っていたことが原因だったのではないか、という気もしている。

 

今度、もしまた機会があるのならば、もっと祭り全体を楽しみたいという気もするし、今年もステージがあるのならば、RYUTistもちゃんと観たいな、という思いもある。

 

それには、当日、安心して行ける状況をつくる必要がある。このようなわりとレベルが低めな動機づけからでも、勢いをつけていくべきなのだろうか。

 

仕事場でもいまや有線放送を垂れ流しというテイタラクなわけだが、Base Ball Bearの「すべては君のせいで」も流れている。ここ最近の新しいシティ・ポップの流れにも自然になじむ感じがわりと好みだし、確かにすべては君のせいだという状況はあるものだし、そのようなエクストリームな経験をするのもわりと乙なものだよね、という思いもひじょうにしている。

 

そのリバウンドとしての不在状況における日常のつまらなさと死にたさは常軌を逸するものであり、本当に弱ったものなのだが、それすらも稀有な体験として、すべてにおいて心からの感謝を捧げることができる。しかも、それだけの深刻さで捧げたとしたところで、1ミリたりともありがたがってもらえないどころか、ただただ気持ちがられるだけであることは百も承知だという部分も含め、最高以外の何物でもないわけである。もちろん、共感は一切期待していない。

 

この曲が収録されたアルバム「光源」が今週リリースされ、Apple Musicにもあったため、ライブラリに追加はしているのだが、まだちゃんと聴いていない。そろそろちゃんと聴こうかと思う。じっくりと味わいたいので、わりとバタバタしている時は避けたいという思いもある。

 

しかし、人生、いわゆる「光源」といえるものがあるのと無いのとではえらい違いだな、という感じはする。あるうちにそれを察知していたので、できるだけ悔いがないようにその光を自分に取り入れるようにしたつもりではあったのだが、リバウンドが思いのほか、想像以上に酷すぎるため、まったく弱ったものだなと思うと同時に、私が「光源」であると思っていたものの価値がより強いものに思え、私自身のことよりもそのことをうれしく思うという、まったくもって変態的な状況におちいっている。まあ、これは仕方がない。

 

それで、今週、無理やり行う思いはもちろん以前ほどこもってはいないが、免罪符的に取り行う大仕事の翌日、お花見に行くのだが、それですら影響を大いに受けまくっているというか、気持ち悪すぎて気持ちいいとしか言いようがない。

 

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