夢で逢えたら | …

i am so disappointed.

銀杏BOYZの「夢で逢えたら」という曲については、少し前にこのブログでも書いた。しかし、その記事はいまはもう非公開になっている。

 

あれからこじらせ具合もヤバさを増し、いまやこの曲の内容がじつにしっくりくるような塩梅になっている。こんな曲に共感するのは、おそらく思春期の青少年ぐらいしかいないのではないかと、おそらく数ヶ月前の私ならば思っていたに違いない。しかし、いまやナイスでメロウないい大人でありながら、この曲はまさにいまの私の気持ちを代弁してくれているのではないかという感じで聞いている。さすがにどうかしているのではないかという気もするのだが、本当なのだから仕方がない。

 

スタンダールの「恋愛論」でいうところの結晶化の作用により、もはや強迫観念的というか、精神活動の約97パーセントほどに影響をあたえていると思われる、いわゆる幻想の普通少女に関する問題である。

 

問題である以上は、解決する必要があるのだろうか。少し前まではそのように考えていたのだが、いまやそんな気は一切なくなってきている。それどころか、おそらく不健全であるに違いないこの状況を失うことに恐怖すら感じている。いまやこの強度こそが、私が死なずに生きている理由であり、これを失うぐらいならば死んだ方がましなのではないかと、わりと本気で考えている。

 

こじらせるというのは、本当におそろしいことだ。

 

しかし一方で、これこそが私が求めていた感覚であり、こてまでの人生はもしかするとここに至るために存在したのではないかとすら思えている。要はしあわせなのである。心が満たされている。もしかすると、夢はすでにかなえられているのかもしれない。

 

それ以上でも、以下でもない。

 

「夢で逢えたら」に少し前までの私は、物足りなさを感じていた。しかし、いまはこれこそが究極のしあわせなのではないかと、感じてもいる。

 

最後にこの曲の歌詞の一部を引用して、このブログ記事を終わりにしたいと思う。

 

「君に好きな人がいたら悲しいけど 君を想うことが それだけが僕のすべてなのさ」

 

 

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