軽く衝撃を受けながらも読んでみたところ、なんと本当に道重さゆみのブログは更新されているようであった。
帰宅し、パソコンで確認してみたのだが、やはり本当に道重さゆみのブログは更新されていた。モーニング娘。'14を卒業した翌日、2014年11月27日以来、じつに1年10ヶ月以上ぶりである。
タイトルは「みなさん」、そして本文は「お久しぶりです。更新、、、してみた」のみである。いかにも道重さゆみらしいセンスで、とても嬉しくなった。
これは近日中に活動再開もあるということなのだろうか。
もしかするとこんな日はもうけして訪れることがないのではないかと思っていただけに、この事実はそれだけで単純に嬉しい。
いまから10年ほど前、すでに国民的アイドルグループと呼ばれていた頃と比べると人気は低迷していたモーニング娘。をいまさらネタ的にウォッチしはじめ、はじめは亀井絵里を推しているというスタンスだったのだが、翌年にたまたま見たラジオ「今夜もうさちゃんピース」の書き起こしから、道重さゆみに興味を持ち、それ以来、すっかりファンになってしまった。
詳しくは書かないが、道重さゆみは私に人生を取り戻してくれたといっても過言ではない。私が潜在意識では望んでいながらも、現実ではあきらめてしまっていたあるべき生きる姿勢、そのようなものを道重さゆみは体現していた。
だから、当時、私が道重さゆみへの思いを書き綴っていたブログのタイトルは「『生きる』ブログ。」であり、ある時期は「道重さゆみになりたい」と本気で思っていた。
そのブログにはある程度の反応があったり、道重さゆみ本人が読んでくれているとかくれていないとかいう噂もあったため、私にとってブログを書き続けることが、日常生活においてかなりの比重を占めるようにもなっていた。それは当時の私にとって、大切な居場所でもあったのだろう。その頃、私は間違いなくブログにおいてこそ、最も輝いていたといっても過言ではないだろう。
それから道重さゆみの握手会にも行き、卒業コンサートも見届けて、道重さゆみがメディアから姿を消した後、私はどのようにして生きていけばいいのだろうと、わりと真剣に心配していたのだが、それは杞憂でしかなかった。
道重さゆみの動向をリアルタイムで知ることができようとできまいと、もうすでに私の中に道重さゆみ的なるものが固着していて、それは私にとって目指すべき生きざまとなっていた。
私はいま現在、ひじょうに充実した毎日を送っている。けして順調というわけではなく、日々が戦いの連続である。しかし、そこに充足感を感じることができている。こんなことはもしかすると生れてから初めてのことかもしれない。
そこには自分らしさを見失わず、それでいて人との関係を大切にし、好きなものを好きだと感じる思いをとことん信じていくという、道重さゆみイズムが貫かれている。
そして、かつて日夜「道重さゆみになりたい」と言い続けていた頃の私の理想に少しずつ近づけているような気もする。
とはいえ、それはとても脆くはかないものであり、ふとしたきっかけで、もう全部やめた、死にたいといったモードになりうる危険性をはらんでもいるのだが。
今年に入ってから、私にとっての大事件の1つといえば、新潟を拠点に活動するアイドルグループ、Negiccoの魅力にどっぷりとハマったことである。
このブログの3月以降のエントリーには、その過程がドキュメンタリーのように記録されているはずである。
道重さゆみファンとしては在宅が主体であった私が、Negiccoについては3月から7月まで、5ヶ月連続で必ず何かしらの現場に行っていた。しかも、それまで縁もゆかりもなかった新潟という街にも2度行き、すっかり好きになってしまった。
5月にリリースされたアルバム「ティー・フォー・スリー」は、今年最も好きなアルバムであり、いまもよく聴いている。
しかし、7月30日のNHKホールを最後にNegiccoの現場には行っていなくて、ブログにも書かなくなってしまった。それは、現実の生活がとても忙しくなってしまったからである。
とはいえ、そんなものは自分自身のさじ加減でいかようにも調整がきく。私はいつも自分が最も楽しいと思える場所にいたいし、そのようなことができるように最大限の努力を払う。
つまり、ここ数ヶ月間はアイドルの現場に行くよりも、もっと楽しいと思えるということが、現実にあったということである。
それは、自分は生業とする仕事の現場であった。アイドルファンとしてではなく、職業人としての自分自身こそが最も輝くべきであると、心底思えた。そこには、もちろんそれなりの理由はある。そして、それはかなりくだらないことでもあるのだが、私に言わせれば人生においてそれ以上に大切なことなどは、どこにも無い。
かつて私は道重さゆみやNegiccoの魅力について何時間でも熱く語ったり、わりと長文のブログを書いたりしていた。それらの良さを感じることは、私自身の自己肯定感にも繋がった。
そして、私はこれまで生きてきた中で培った、良いと思えるもの、フェティッシュ的な趣味嗜好を含め、それらのすべてを具現化したような人に出会うことができた。そこにはスタンダールがいうところの結晶化の作用によって、理想化されたような、すでに彼女自身の本質とは乖離したような部分もあるのかもしれない。しかし、もはやそれすらもどうでもよい。
毎日、絶望的かつ致死量レベルの肯定感を感じながら生きている。ある種の絶望や悲しみを感じてもいるが、それらをも含めて、ひじょうに濃密な毎日をおくることができている。このことに深く感謝したい。
こんな日々がいつまで続くのか分かりはしないし、おそらく生きているうちで最後なのかもしれない。それならそれで別にいいのではないかとも思っている。
それに足りるだけの価値が、そこにはある。それは私の思い過ごしなのかもしれないが、そんなことはもう本当にどうでもいいのだ。脳が感じた強度こそが、すべてである。
もちろん、これは恋ではない。おそらく、それ以上のものである。
この日々がいつまで続くのかは、分からない。もしかすると、数日後に突然、終るのかもしれない。そうしたならば、私は間違いなく生きる意味を失い、死にたくなるのではないかという気がしている。
それでも悔いがないように、この日々が続いているうちは、最速力かつ全力で生きていたい。これが1日でも長く続くように、最大限の努力をしたい。みっともないと思われても、それをしたい。これに代わる価値など、人生には無いと真剣に思える。
かつて、「ラヴ・ソングをリアルタイムで」というテーマでブログを何度か書いたことがある。これは、伝説のミニコミ誌「よい子の歌謡曲」からインスパイアされたものである。
恋をしている時、有線放送から流れてくる、いつもなら安っぽいと思っているラヴ・ソングにすら思わず涙してしまうようなことがある。
もちろん、最近は恋などはしているはずもなく、今後も二度とする予定は無いが、失恋しているようなテンションで日々を全力で生きている。これは私の根本的な性癖とも深く関係するところであろう。
恋の終わりや失恋、または愛の不毛を歌った曲の数々に、たまらないカタルシスを覚える日々である。そんな中で、KIRINJIの「代官山エレジー」という曲を再生しては、胸を痛める快感に酔いしれている。
「毎日君だけ見つめて生きてたから 胸の切り抜きは 君のかたちさ」とか「ジャンケンしたの覚えてる? 勝ったら未来あげるって あせってチョキをだしたから 愛も破けた」とか、最高すぎるのである。
今年は一時期、日本のシティ・ポップをよく聴いていて、Negiccoにハマったことをきっかけにさらに拍車がかかっていたわけだが、その過程で知ったのがこの曲である。作詞は、松本隆である。
疑似恋愛ならぬ疑似失恋という感情は、岡村靖幸が「カルアミルク」で歌ったところの「優勝できなかったスポーツマン」的なスピリットをもたらし、もはやそれだけを武器に戦っていく気分でいっぱいである。
ちょっと何言っているか分からないが、とりあえず私自身にとっては限りなく理路整然としていて、いまがとてもしあわせだと思えるのである。
Omnibus/キリンジ

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