夢で逢えたら | …

i am so disappointed.

世間一般的には連休真っ只中だが、やはりもちろん仕事であった。しかし、それでいい。というか、寧ろそれがいい。仕事さえしていれば余計なことをあれこれ考える暇もないし、何よりもいま仕事をしている時間がわりと楽しめているし、いろいろと努力していることがかたちになりつつあるのも実感できているからだ。

それはまぼろしかもしれないが、とりあえずいまここを充足させていきたい。とにかく立ち止ると余計なことを考えてしまい、最悪の場合、消えてなくなりたい願望が復活しないでもないので、とにかく踊り続けるかのように何かをやっていたい。

とはいえ、帰宅後はパソコンでアニメを観て、眠れるまでアルコールを摂取するのが主な過ごし方になっている。

やはり愛し合える人が物理的にそばにいる場合には、何かと入眠作用につながるようなことも際限なくあって、時間もエネルギーも足りないぐらいなのだが、そうでない場合には持て余してしまう。以前はそれが当たり前だったのかもしれないが、もうその感覚を忘れてしまった。できればずっと忘れたままでいたい。しかし、おそらくそうもいかないのだろう。それがかなり悲しい。

銀杏BOYZの音楽をずっと聴いている。2003年から活動を続け、カリスマ的な人気を誇る日本のパンクロックバンドである。このバンドが活動を開始した頃、私はもうすでに世間一般的に若者といえる年齢ではなかった。パンクロックなどはおそらく若者の音楽であり、同時代性はかなり重要だと思う。よって、私などが聴いてもその良さが分かるはずなどないと思い、ずっと聴いたことがなかった。

とある小娘がこのバンドのことをかなり好きで、懇意にしているうちに、私のiTunesにも勝手に入れられていた。それでも、どうせ良さが分かるはずがないと思い、ずっと聴かないままでいた。

彼女はこの街を去ってしまい、しばらく連絡も取らないことにした。会いたい気持ちが募るであろうことは、あらかじめ予想できていたことだ。だから特に驚くようなことでもない。それでも悔いがないように、この夏をけしてあきらめることはなかったし、われわれはそれを誇らしく思うであろう。

彼女がいまでもすぐに会える場所にいるような幻覚から目が覚めて、現実に心が落ち込み、それでもやっていかなければと前向きな方向に心を持っていくというような繰り返しを、この1週間ほどでおそらく100回以上はやっていると思う。まったくもってばかばかしくてくだらないとは思うのだが、生きている実感でいっぱいである。

ブログを再開したのも、もちろん見つけてもらうことだけが目的であり、まったくもってくだらないことをやっているなと思うのだが、おそらくこういう生き方をこれからもずっと続けていくのだろう。

それで、銀杏BOYZなのだが、「夢で逢えたら」という曲が美しくてグッとくる。「夢で逢えたら」といえば、シリア・ポールはじめいろいろな人たちが歌った大瀧詠一による名曲があるが、あれとはまたったく別の曲である。

サウンドはパンクロックであり、メロディーがとにかく美しくて泣けてくる。そして、歌詞には憧れの女性に対する真っ直ぐな思いが綴られているのだが、そこには青春特有の淡さもあり、それがとても懐かしいのである。

たとえば、次のような歌詞である。

「君に彼氏がいたら悲しいけど 『君が好き』だというそれだけで僕は嬉しいのさ」
「君に好きな人がいたら悲しいけど 君を想うことが それだけが僕のすべてなのさ」

なんという純粋な想いなのだろう。そして、以下のように続く。

「夢で逢えたらいいな 君の笑顔にときめいて 夢で逢えたらいいな 夜の波をこえていくよ」

たとえば「君」に「彼氏」や「好きな人」がいたら悲しいと歌われているが、その「君」の「彼氏」や「好きな人」に「僕」がなりたいという発想はあらかじめ放棄されているようである。

また、「僕」が「君」との関係性に求める理想的なかたちが、「夢で逢えたらいいな」というものである。

夢は夢であるからこそ美しい、それは現実になった瞬間に輝きを失ってしまうというような主張のようにすら聞こえる。その純粋さはとてもまぶしく、極上のメロディーと相俟ってすさまじい強度を獲得しているように思える。

そして、私はそれでもこの美しさの繭を破って突き抜けて、その先にある欲望の核に到達することを深刻に求めるのであった。

たとえその行いが醜くて無様で不恰好であったとしても、その先にこそ求めるべきものがあるような気がしてならない。

取り戻したのは青春の初期衝動のようなものではあったが、じつはまったく違っていて、おそらく人生をかけた存在証明そのものといったものなのであろう。

「夢で逢えたら」の美しさに胸をかきむしられながらも、それでも私は「夢」ではなく「現実」にいますぐ会いに行って、力づくでも背中から抱きしめたいのだと、そのようなことを強く思い、やはりこれでいいのだというよく分からないテンションの上がり方を静かに実感しているのであった。

これも大人になることの1つのあり方なのであろう。かなり間違っているような気もするが、今日のところはそういうことにしておきたい。



DOOR/銀杏BOYZ

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