エルヴィス・プレスリー、チャック・ベリー、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイスなどと共に、1950年代の代表的なアーティストの1組として、エヴァリー・ブラザーズが紹介されていた。美しいハーモニーに定評のある兄弟デュオで、ビーチ・ボーイズやサイモン&ガーファンクルにも影響をあたえたといわれているようだ。
サイモン&ガーファンクルは私が中学生だった頃に再結成し、ニューヨークのセントラル・パークで行われたコンサートのライヴ盤は日本でもかなり売れたはずである。そこからシングル・カットされた「起きろよスージー」は、エヴァリー・ブラザーズのカバーであった。
「ミュージック・マガジン」増刊のガイドブック的なものの中で紹介されていたエヴァリー・ブラザーズのCDは、「ケーデンス・クラシックス」というベスト・アルバムであった。私はこれをおそらくまだ宇田川町にあった頃のタワーレコード渋谷店で購入したはずである。
「夢を見るだけ」はエヴァリー・ブラザーズの数あるヒット曲の中でも、最もポピュラーなのではないだろうか。1958年4月にリリースされ、全米1位を記録している。
CDでおそらくはじめて聴いた時から、どことなく聴き覚えがあるような気がした。おそらくオールディーズ特集的な企画などでもよくかかっていたのではないかと思う。
私が中学生の頃に買ったジュース・ニュートンというカントリー歌手の「夜明けの天使」というアルバムにはこの曲のカバーが入っていたのだが、あまり聴き込んでいなかったので印象がなかった。もしかすると、初めて聴いたのはこのバージョンだったのかもしれない。
タイトルのように、夢見るような美しいサウンドとハーモニー、これぞワーク・オブ・アートという感じである。
そして、歌詞がまた素晴らしい。これは想像力についての曲である。
たとえば、恋をしている相手が腕の中にいてほしいと思う時、また、その魅力のすべてを感じたいと思う時、すべきことはただ夢を見ることだけだ、とそのような内容である。
ここで「腕(arm)」と魅力(charm)」が韻を踏んでいるのだが、このあたりも最高である。
「夢を見るだけ」ということを、「夢を見るだけでいい」と取るか、「夢を見ることしかできない」と取るか、それによってニュアンスは変わるだろう。
また、たとえば理由あって離れている恋人や妻のことを歌っているのか、あるいはただ恋い焦がれているだけの相手のことを歌っているのか、それによっても感じ方が違ってくる。
しかし、リスナーはより感情移入できるように解釈をして、楽しめばいいのだろう。
われわれは「夢」と「現実」とのはざまに生きている。そして、「夢」の中にも「現実」は出てくるし、「現実」の中に「夢」を見るようなこともある。
恋とはおそらくそのようなものなのであろう。
やがて醒めることを知っているし、次にいつ見られるかも分かったものではない。だから、出来るだけ限られた時間を大切にした方がいいだろう。
このことをぜひ覚えていてほしい。
Greatest Hits/Everly Brothers

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