普段使いの極上ミュージック | …

i am so disappointed.

「古町どんどん」の興奮もさめやらぬまま、新潟のホテルの部屋で待っていた。19時にアルバム「ティー・フォー・スリー」の全曲試聴用トレイラー映像が公開されると、発表があったばかりである。

iPhoneでタイムラインを追っていたツイッターのアプリケーションを終了し、YouTubeのアイコンをタップした。登録チャンネルからT-Palette Recordsを選ぶと、目的の動画はすでにアップロードされていた。もちろん、すぐに再生した。

1曲目はお馴染みの「ねぇバーディア」で、改めて素晴らしい曲なのだが、流れている映像は見慣れたミュージック・ビデオとは違うようだ。Nao☆1人だけが公園のようなところを歩いている。

続いて「RELISH」であり、ここでは大きなヘッドフォンをしたMeguが、やはり1人だけで歩く映像が流れる。日常の素敵なことを味わいつくす、つまりリリッシュすることがテーマになっているようだ。

そして、「マジックみたいなミュージック」はダンス・オリエンティッドなポップスだが、映像にはやはりKaede1人だけが映っている。

この後、アルバム収録曲が1曲ずつ流れるのだが、映像には常にメンバー1人だけが映っている。2人以上で映る場面は一瞬たりとも存在しない。そして、いずれの場面においてもイヤフォンやヘッドフォンで音楽を聴いている。

5月5日にこのアルバムの先行試聴会イベントが開催された。私は仕事があったので参加することができなかったが、参加された方々のレポートによると、Meguからこのアルバムは同世代の女性が聴いて共感できるような内容になっている、というような説明があったようだ。

そして、このトレイラー映像において、Negiccoのメンバーはアルバムのメインターゲットである同世代の女性を演じ、それぞれ「ティー・フォー・スリー」を聴いているのだと、理解ができた。

街を歩いたり、電車に乗ったり、カフェの窓際の席でコーヒーを飲みながら通りをながめたり、ガードレールに腰掛けたりしながら、彼女たちは音楽を聴いている。

特別なシチュエーションではなく、きわめて日常的な場面ばかりである。

ところで、現在、多くの日本人は生活に追われているだろう。グローバリズムの流れの中で、実質平均収入は下がり続け、一方で大企業の内部留保は増え続けている。これは行き過ぎた自由主義の成れの果てであり、再分配なくして成長なしは自明の理であるにもかかわらず、そうはならないクソすぎる現状というのはあるわけである。このあたりはブーたれていても仕方がないので、具体的に各々が考えて行動していかなければならないところである。

それはそうとして、つまり、たとえばバブル期の大学生のようにアホみたく趣味に好きなだけお金と時間をかけているような余裕は、いまの若者にはない。まず、親が昔のようにお金を持っていないし、奨学金を受けたとしても、それはいわゆる高い利息がついたローンである。卒業したと同時に、数百万円の借金を背負っているわけである。

アルバイトをしている学生が多いが、それはかつてのように趣味に使うお金のためではなく、シンプルに生活をするために必要なお金を稼いでいる。

まあ、とにかくいろいろキツいわけである。

そんな中で、生活者にとっての音楽とは、一体何なのだろう。

退屈な日常を少しでもマシに感じさせてくれるような、気分のいい日にはその感覚を増幅させてくれるような、悲しかったり辛かったりした時に、そっと寄り添って慰めてくれるような、そのような存在なのだろうか。

彼女たちはなぜ、街で音楽を聴いているのだろう。イヤフォンやヘッドフォンを耳にあて、街のノイズから自分を守るかのように、お気に入りの音楽を聴いている。

「ティー・フォー・スリー」のトレーラー映像には、池袋の街がよく映っている。

私が旭川の高校を卒業して、東京で生活をはじめたのは1980年代の半ば、具体的にはバブル経済の原因だといわれるプラザ合意のあった年である。初めに住んだのは文京区千石という所で、巣鴨駅が近かった。山手線に乗って2駅先が池袋だったので、よく買物に行った。

その頃、私にとって買物といえば、主にレコードと本である。池袋にはオンステージ・ヤマノ、ディスクポート、パルコブックセンターなどがあり、重宝していた。

それでも、池袋にはどこか垢抜けなく、泥くさいイメージがあった。居酒屋や風俗店のイメージが強かった。

この暗さというのは、このあたりが元々は闇市だったことが原因であるようだ。また、あのサンシャインシティは、戦争犯罪人の収容施設であった巣鴨プリズンの跡地に建てられたものである。

数年前から、池袋の街の様子が少し変ってきていると感じた。アニメ専門店や執事カフェなどが集中し、いわゆる乙女ロードなるものが話題になっていた。

いわゆるおたく文化のようなものがポピュラリティーを獲得し、アイドルの中にもアニメや声優好きをアピールする人たちが増えはじめた。AKB48の渡辺麻友が休日には池袋のアニメイトによく行っているというという話もよく聞いたような気がする。

この頃、アニメ「デュラララ!!」が池袋を舞台にしていて、あれを地方で観ていた中高生にかなり影響をあたえたのではないかと思っている。

街に若者や女性や家族連れが増えはじめ、以前のようなおっさん臭いムードが少しずつ後退していったように見えた。

いまや吉祥寺や恵比寿などと並んで、若者が住みたい街の上位に常にランクインするような状態である。

たまに出かけるのだが、確かにすごく便利だし、いまは街もとてもきれいなのである。派手さや非日常性には欠けるが、実のある場所という感じである。このあたりがいまの若者の生活感覚に、わりとフィットしているのかもしれない。

このような地に足のついた生活感覚に寄り添う音楽というのがそのコンセプトだとするならば、「ティー・フォー・スリー」のトレイラー映像が池袋で撮影されていることに、ものすごく合点がいく。

池袋は非日常的なハレの場というよりは、普段使いの便利な街である。

アイドルグループのファンには、いわゆる推しメンがいる場合が多い。文字通り、グループの中でも特に推しているメンバーのことである。

NegiccoはNao☆、Megu、Kaede、3人ともまったく異なった個性を持ち、しかもそれぞれとても魅力的である。よって、私には特に推しメンというのはいないことになっている。

しかし、このトレイラー映像の「土曜の夜は」の部分で映っているKaede、これは私が過去数十年間の人生で培ってきた美的センスをピンポイントで直撃する最強に素晴らしいもので、完全に心を射抜かれたことを告白しておきたい。

カフェの窓際の席で通りをながめながら、コーヒーを飲んでいる。イヤフォンからはおそらく「土曜の夜は」が流れている。その店の名は、イタリアン・トマトカフェジュニアである。

1980年代に大流行したカジュアルイタリアンレストラン、イタトマことイタリアントマトのカフェ事業である。キーコーヒーと共同で1995年から展開され、いまやイタリアントマトの主力事業になっている。

よくあるチェーン店であり、しかもコーヒーが300円以下で飲める。このあたりが、たまらなくリアルである。

アルバムのラストに収録された「私へ」は、Nao☆の憧れのアーティストである坂本真綾が作詞を手がけたバラードである。これもまた、Negiccoや同世代の女性たちに刺さりそうな、リアルでヴィヴィッドな感触がある。

「頑張らなくちゃ 強くならなきゃ そう思うほど泣きたくなるんだ こんな自分を懐かしいと思える日がくるよね」

映像は夜の街を1人で歩くNao☆が、地下鉄の階段を降りていく後姿で終わる。

日々の生活に追われ、日常は空虚なようでもあるが、それでも時には涙が出るほど嬉しかったり楽しい出来事もあるから、いまよりも少しでもマシな未来に向かって、われわれは力強く歩いて行こう。

このような現在の生活者のリアリティーに語りかけ、しかも極上のポップス、素晴らしい歌や演奏が次々と続いていく。

生活におけるポピュラー音楽の価値とは、そもそもこのようなところにこそあるのかもしれない。

このアルバムが多くの人々の耳に届き、その生活を少しでも豊かにしてくれることを願わずにいられない。

とはいえ、まだトレイラー映像で一部を聴いただけに過ぎないのだが。

「ティー・フォー・スリー」を、今日、錦糸町のタワーレコードで予約してきた。27日のインストアイベントには、行けたら行きたい。行けるようにしたい。



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