前年春から放送開始された「夕やけニャンニャン」に出演していたおニャン子クラブから、河合その子、吉沢秋絵、新田恵利に続く、4人目のソロ・デビューであった。また、おニャン子クラブからは派生ユニットとして、高井麻巳子と岩井由紀子によるうしろゆびさされ組がすでに2枚のシングルをヒットさせていた。
この年は元旦に発売された新田恵利のデビュー・シングル「冬のオペラグラス」、1月21日に発売されたうしろゆびさされ組「バナナの涙」が続けてオリコン第1位を記録していた。その勢いにのってリリースされた「バレンタイン・キッス」だが、最高位第2位に終った。
この週に「バレンタイン・キッス」の初登場を阻んだのは、岡田有希子の生前最後のシングル「くちびるNetwork」であった。作詞・Seiko(松田聖子)、作曲・坂本龍一という豪華ライター陣によるこの曲は岡田有希子にとって最初で最後の第1位獲得曲となったが、翌週には第7位に後退した。「バレンタイン・キッス」は2週連続で第2位をキープし、新しく第1位になったのは中森明菜「DESIRE」であった。この年、年間第2位となった大ヒット曲である。
当時、私は大学受験の真っ最中だったが、「夕やけニャンニャン」は観られる時には観ていたのではないかと思う。
高校卒業後、文京区千石にあった大橋荘というアパートの四畳半風呂なしの部屋に住んでいたが、東京でまだ友達もいなかった春先から初夏にかけては、14インチのテレビで「夕やけニャンニャン」をよく観ていた。番組開始当初はチェッカーズ「あの娘にスキャンダル」がオープニングテーマ曲であり、猫のキャラクターのアニメーションのようなものが流れていたと思う。
夏ぐらいから予備校で知り合った仲間たちと遊び歩くようになり、それから「夕やけニャンニャン」もあまり観なくなった。
受験が近づくにつれ、一緒に遊び歩いてくれる仲間もだんだん減っていった。最後まで付き合ってくれたのは、早稲田実業高校の出身だというY君だけであった。
Y君とはよく神保町の書店やレコード店に行ったり、喫茶店で何時間もくだらない話をしたりしていた。喫茶店ではなぜかシンビーノというよく分らない清涼飲料水を注文していて、甲斐バンドを好んで聴いていた。くだらなさにおいては私とほぼ同レベルではあったのだが、とても背が高く、見た目にも19歳ながら和製ブライアン・フェリーとでもいうべきシブさを持っていた。
それでもやっていることといえば、大橋荘でなぜか歌のしりとりをはじめ、その様子をカセットテープを録音し、さらにその録音したカセットテープをウォークマンに入れて巣鴨駅前の純喫茶あべにゅーに持ち込み、そこでまた聴き直すという、じつにくだらないことであった。
一度、Y君が住んでいる高島平の団地に遊びに行ったことがある。同じような形の団地が立ち並び、なんだか近未来都市のようだと思った。ギターを弾きながら、水道橋の定食屋で見たおばちゃんのことをテーマにしたオリジナルソングをつくるなど、これもまたくだらないことばかりして遊んでいた。お母さんが5千円を置いていってくれて、それで寿司の出前を取って食べた。
それまで一緒に遊んでいた予備校の仲間たちは、試験直前になっても遊んでいる私たち2人のことをかなり心配していた。私は第1志望校に合格したのだが、Y君は春から2浪目に突入した。
当時、アイドルの網浜直子を推していた。中学校を卒業してパン屋で働いていたという経歴や、そこはかとなく漂う影のある雰囲気によさを感じていた。それと、私は「恋は微熱」という曲がとても好きだった。
新宿ルイードでライブがあるということで、Y君と一緒に行った。あの佐野元春がかつて出演していたという伝説のライブハウスということでかなり興奮したのだが、行ったのはこの1回だけであった。それから「シリアス」というシングルが出て、これも買ったのだが、あまりヒットはしなかった。カゴメから発売されていた焼き芋味の飲料、IMOのTVコマーシャルに使われていた。
数十年後、インターネットで昔の友達の名前を検索して遊んでいたところ、Y君がその後、劇団に入って、舞台やラジオなどで活躍していることを知った。ちゃんと顔写真なども出てくるのだが、間違いなくY君であった。そういえば子供の頃にも劇団に所属していたと聞いたことがあった。
大学のオリエンテーションの帰りに小田急相模原のオウム堂というレコード店で、「くちびるNetwork」が収録されたアルバム「ヴィーナス誕生」を買った。住みはじめたばかりのワンルームマンションの壁にジャケットを立てかけ、LPレコードに針を落とした。
ムーンライダーズのかしぶち哲郎が手がけているということで、アイドル歌手のレコードとしてはかなり攻めた感じのサウンドや曲調であった。壁時計を見ると午後6時少し前で、まだ「夕やけニャンニャン」が少しだけ見られるかもしれないと思い、テレビをつけて、8チャンネルに合わせた。報道センターの逸見政孝アナウンサーが、午後6時からのニュースの予告のようなものを伝える時間であった。
「歌手の岡田有希子さんの自殺はショッキングでしたが...」と、逸見政孝アナウンサーは確かそのようなことを言った。私には一瞬、その言葉の意味がまったく分からなかったのだが、次の瞬間にそれを理解して、壁に立てかけてあるジャケットの写真を見た。
それからその原因について考えてみたり、長い文章を書いて雑誌に投稿したりした。それはかなり縮められて掲載されたのだが、池袋のパルコブックセンターで立ち読みしただけで、買うことはしなかった。それから、もう以前のようにはアイドルを楽しむことはできないだろうと思った。
国生さゆりはおニャン子クラブの中でもけして好きな方のメンバーでもなかったのだが、大学2年の頃になぜかその良さが急激に分かりはじめ、主演していたテレビドラマ「キスより簡単」を毎週観たり、主にバイクに乗っている写真が多く掲載された写真集を買ったりしていた。アルバムを小田急相模原のイトーヨーカドーの斜め前辺りにあった友&愛でレンタルして、聴いてみた。「大きい猫」という曲が好きだった。
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