(クレマチスの花も盛りを過ぎた 東京・杉並)
二週間ぶりに東京に戻ってくると庭のクレマチスが一本枯れていた。どうやら先日の豪雨で土中に水がたまり根腐れを起こしたらしい。
(フェンスのコンクリート基礎が邪魔して水はけが滞っている模様)
さっそく家を建ててもらった工務店に相談したところ、当時の現場監督Aさんから折り返し連絡があった。
「穴の下にコンクリートがはみ出してるんでしょう。私が行ってハツりましょう」
「業者を行かせる、手配する」ではない。監督自らハツるというのだ。つまり「タダでやります」ということである。
鼻ホームだの洪水ハウスだのの大手住宅会社でなく、地元の工務店に家造りを頼んでよかったよ、とシミジミする瞬間である。
念のためにふれておくと、ハツリ(斫り)というのは建築業界用語でコンクリートなどの構造材を壊したり加工したりすること。ハツらない、ハツります、ハツる、ハツるとき、ハツれば、ハツろうと「ら行五段活用」をすることになっている。
ここいら辺に関して詳細に知りたい方は私の愛読ブログ Pandaさんの「続くのか長野で週末別荘生活」をご覧いただきたい。
(監督は機材をどっさり積んだクルマで飛んできた)
疾風のように現れた監督はやおら移植ごてで(意外とシロウトっぽい)穴を掘りかえし、マキタ製の電動ハツリ機を組み立て始めた。
「おお、マキタの。電動ハツリ機はやっぱしマキタが一番かな~」
「あ、お詳しいですね」
「まあ、ちょっとね(知ったかぶりがバレないよう以降ダンマリ)」
(「ハツリのためだけにこの世に存在する」というどこかペーソスのある機械)
ドドド、ダダダ、ドドドドド
作業が始まった。
(なんともサマになっている監督)
ドドド~、ダダダ~、ドッドドドッドド~
轟音と野太いリズムが私を桃源郷へと誘う。いつしか私は少年時代へと回帰していた。
ハツれハツれコウタロー
本命穴馬かきわけて~
ハッツれハッツれハッツれハッツれ
ハッツれコウタロー
追いつけ追い越せ引っこ抜け
1970年のヒット曲「走れコウタロー」。
当時私は中学1年。
翌年初めてのギター(質屋で買ったハミングバード風モデルは「Gibbon」となってたっけ)で弾いた曲がこれだった。なんせリズミカルなうえにCとFとG7という最も簡単なコード進行だから、私に限らず「この曲が初ギター演奏」という方はおおぜいいらっしゃるのではないだろうか。
(これだ!)
白日夢に酔いしれた野次馬をよそに作業は進む。
(監督の名前はこうたろうだったような)
やがてにっくきコンクリートが現れた。
ハツれ、ハツれコウタロー。
5分ほどでハツリ作業はおしまい。わずかな時間だが、角は一流デパート赤木屋、白木屋、黒木屋の職人にやってくださいな、やって頂戴なと頼めば5000円というわけにはいかない作業である。
ああ、ありがたやこうたろう監督。
(ハツリの後)
ハツリの後のさびしさは 死んだ女にくれてやろ
ハツリの後のさびしさは 死んだ男にくれてやろ
もう怨むまい もう怨むのはよそう
今宵の酒に 酔いしれて
監督は吉田拓郎の名曲を口ずさみながら瓦礫を片づけ、機材をクルマにしまうと疾風のように去っていった。
一人現場に残された私が以前もらった名刺で確認すると、監督の名前はコウタローではなくコウジさんだった。残念~。
(山本コウタローさんが亡くなられてもうすぐ一年経つ 2022年7月4日没享年73)