(結婚式場から対岸のレインボーブリッジを望む)
エンディングノートをこさえ、遺言書に決着をつけると終活もほぼ終わり。残された細々とした課題のうち比較的重要と思われるものが「遺影をどうするか」である。
死者にとって遺影などどうでもいいことだが遺族の立場ではそうもいかないケースがあるはず。現に八ヶ岳南麓に滞在中に母に死なれ、迂闊にも写真を持ち合わせていなかった私は葬儀屋に不審げな顔をされたのを覚えている。
「遺影なんて遺族が適当に見繕えばいいじゃないの」と言っても、ひと昔前ならともかく今は写真の形で保存されているポートレートは殆どないから、これ、というのをプリントしておくかUSBメモリかなんかで用意しておいてあげるのが死者の礼節というものだろう。
長男夫婦の結婚披露宴まであと二週間となったこの日、式で着用するモーニングコートを借りるため豊洲にある結婚式場を訪ねた。
モーニングなんてのはこれまで着たことがないし、これからも金輪際ないから私にとっては一世一代の晴れ姿である。
「いいですね~」
「ぴったりです」
「お似合いです」
お世辞を連発しながら貸衣装担当の女性はテキパキと衣装を合わせていく。
ものの5分もかからず鏡の前にサーカスの猛獣使いのおじさんが現れた。
(ウェディングドレスがどっさり モーニングは1種類だけなので「お似合い」もクソもない)
う~む。
「滑稽」というのだろうか。
滑稽の中にも一抹の哀しさが滲んでいるあたり、「ペーソスフル」という方が適切だろう。
大昔に上野動物園に行った時のことだが、あぐらをかいて日向ぼっこしているゴリラを見物していると突然ゴリラがくしゃみをした。するとゴリ公は何を思ったかだら~んと垂れてきた鼻水を指ですくって舐め始めた。その様子に笑い転げていると怒ったゴリはそこいら辺のウンチを掴んでこっちに投げつけてきたことがあった。
鏡の中の自分を見ていてあの時のゴリラのことが脳裏を横切った。
わずか数時間の儀式のために大枚をはたくのも小癪にさわる(もっとも払うのは長男だが)。
そうだ、この姿を遺影にすれば少しはモトをとれるじゃないの。
突如ひらめいた私は担当の女性にかくかくしかじかお願いしたところ、そういう依頼は多いとみえ、 「バックはここがいいと思います」
と、女性は白無地の壁の前に案内してくれた。
「これだとちょっと地味だな~。こっちでもいいですか」
私が選んだのは唐草模様の壁の前。葬儀は寺でやることになるから、この方が坊さんの袈裟や緞帳ともマッチしている。
(いいと思うよ、これで)
遺影問題はかくしてあっさりと解決した。
せっかく豊洲まで来たんだから昼は豊洲市場で食うことにした。
(披露宴会場を見学させてもらったら俄かに腹がへってきた)