(狭心症の症状緩和の特効薬ニトログリセリン 動脈硬化に不安がある方は錠剤を常備していた方がいいかもしれない)
甲府共立病院の心臓カテーテル検査担当医も女性だった。
これこれしかじか、説明を受けて検査室へ。
直径1mmほどのガイドワイヤーを右手首の静脈から(定かではないがたぶん静脈だろう)冠動脈まで持っていく。血管の狭窄度合いによってはこのままステント補強にとりかかることになる。
驚いたことに検査チーム(4人か5人)は全員女性だった。
「もっと上かな~」
「そうだね~」
なんて相談している様はスキップ藤澤五月さんを中心に次の一投をどうするか、氷上で作戦を練るロコソラーレと寸分変わらない。
「〇〇〇が××だよ」
「ワイヤーはどこ?」
「△△△が★★してるよ」
切迫した様子の会話が続くが、その中身はよく分からないので不安がかきたてられる。
敵のガードストーンをどかそうとして外してしまい、ワイヤーが冠動脈を破って血管外に出ちゃったのかも、そう思ったら胸がチクチクし始めた。
「今からステント入れますよ~」
「身体髪膚之を親に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始まりなり」、という。
ゆるふわ65歳にしてついに訓えに背く日がやって来た。
どれくらい経ったか分からないが(多分5分程度だろう)、胸を塞いでいたモニターカメラ類が一斉に引き上げた。処置の終了である。
五月さんが造影剤で写した画像で説明してくれたところによると、冠動脈の狭窄部分は2か所あって、今日はそのうちの一つに直径2mm、長さ30mmのステントを施したとのこと。
「2回目は来週の水曜日にしましょう」
「(一週間も先じゃないの)じゃあいったん退院させていただいて、来週また来ます」
「そうはいきません。感染症も心配ですし、このまま入院していただきます」
冗談ではない。
ICUではスマホも読書もダメ、絶対安静ということでトイレも行けないし、メシも食わせてもらえない。
「先生、『どんな事態が生じても共立病院の責任は問いません』という念書を入れますから、このまま帰らせてください」
「う~ん、そういう問題ではないんです」
ICUに戻ってぼんやりしていると、追って沙汰があった。
これからメシを出す、トイレだけは行ってよい(←「ストッパ」を要求した経緯がある)、異例中の異例のことだが体調に変化がなければ明日(木曜)2回目のステント挿入をやる、金曜は終日病棟に待機してもらい経過が良ければ土曜日に退院させてあげてもよい、由。
まあ今日んとこはこの辺で勘弁したる。
私は欣喜雀躍この日初めてのメシを食わしてもらった。
翌朝は私の退院が近いことを寿ぐかのような晴天だった。
検査はこの日の3番目ということだったが結局始まったのは午後3時頃。高齢の患者さんばかりだから検査や施術にどうしても時間がかかるのだろう。
五月さんチームは朝からの疲れも見せず検査を開始した。
「ずびずば~(←意味不明の用語が飛び交っている)」
「ぱぱぱや~(同上)」
「〇〇は△△かなあ」
「それでいいと思うよ~」
ロコソラーレは敵のストーンをはじき出しつつ今日も快調な様子だが、昨日と違うのはステントが挿入されたらしい瞬間に胸の圧迫感が戻ったこと。
処置終了後再び五月さんの説明があった。
今回のステントは直径2.5mm、長さ20mmのものとのこと。昨日より径が太い分圧迫感を感じたのだろう。
「二日連続で患者さんにステントを入れたのは初めてです(やれやれ)」
「そうですか。センセイもいい経験ができましたね~」
「・・・(あんたに言われたくないよ)」
家内や救急救命士の方、中央病院、共立病院の先生方、いろんな方のお力でどうやら一命をとりとめたようだ。
そしてそれは「ねじ式」のように、異物を体内に抱えながらこの先生きていくことが決まった瞬間でもあった。
(「ねじ式」(つげ義春1968「ガロ」掲載)メメクラゲに刺された主人公は海辺の寒村で医者を探し求める やがて見つけた産科の女医は主人公の血管にバルブを取りつけ「このネジを閉めると死にますよ」と告げるのだった)