先日の文科相による
「英語民間試験導入の見送り発表」
に続き、
2020年度開始の大学入学共通テスト
「国語と数学の記述式問題導入の延期」

これらに対し

記述式の採点は公平でない、はじめから無理だ!
センター試験のままで良い、変える必要ない!
高2生は散々振り回された!!
教育現場も対応に追われ、振り回されてる!

と、これらの声を
さも多くの意見であるかの様にメディアは取り上げ、
煽っているが、

乗せられてないかい?


まあ、元々

上位の優秀層を除き
平均層の多くの子供たちは
「テストのために」勉強してるから

普段の勉強の仕方を変えるには
入試制度を変えるしかない。

大学入試制度の改革の主旨は、そこ。

自ら目的を持って勉強する子達は良いんですよ。
心配ないから。


でも、多くの中間以下の層
つまり、
「入試やテストのため」に勉強する層は
目先の事でしか
行動を変えない。


だから、
「振り回された」などと
他人事の様に、被害者意識で言う。

ある意味、当然の反応か。

自分達のための、入試制度改革なのにね。

公式は覚えるだけでなく、
「自分で導けるようになるとよい」


灘高・東大卒の方と仕事をしていた頃
雑談中に彼も言っていました。

私は中高時に
公式は「覚えて」対処していたので
導き方にもっと興味を持ち、楽しめば良かったなと
感銘受けたものです。

イチョウイチョウイチョウ

時は経ち、自分の子供にも
「公式は、覚える事だけで頑張ろうとするなよ!」
「覚えても忘れるし、面白くないぞ!」

と助言。


小学生の勉強でも
算数の図形や
理科の物理分野など公式は出てきます。

そこで、公式を導こうとするわけですが
中には、小学生で習う知識で説明となると
難しいものもあります。

その場合は結局、今は覚えるしかないけど
中学・高校の数学を習ったら分かるよ、と
歯切れの悪いアドバイスにショボーン


そんな中
こんな記事がありました。




「公式とどう向き合うか」と言うお題に対し
「数学の庭を育てる」という
新しい発想を教えてもらいました。
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「数学の庭を育てる」という観点に立てば、
新しい公式に出会った最初の段階で、
「公式そのもの」を“庭”に置くことも
「導き方」を“庭”に置くことも、
「何もなかった状態よりも“庭”が豊かになった」という意味で、どちらも同じようにとても意義のあることだ

そして同時に、
「覚える」ことも「導けるようになる」ことも、
どちらも別にゴールではない

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なんとも
懐の深い考えです。

一度、「思考」主義にハマり
「思考」の限界を知り、
「覚える事」も「使う事」も「直感」さえも
受け入れる事で
新たな楽しみ方が見えてきそうです。ウインク


娘の学校では
定期考査の振り返りとして
成績表の横に
本人コメント→保護者コメント→担任コメント
の記載欄が設けられています。


今回の2学期中間テストでは
まず、生徒全体に向けた先生からのコメントに
今回のテストの反省を踏まえて、
「目標を持つことが大事」とありました。

娘の本人コメントでは、それを受けて
「次の期末は順位○位以上」
と目標の記載がありました。


そこで、保護者コメントで私は
「目標に向けて頑張って。応援してるよ」
と書きました音譜


これまで、
テストのたびに順長に順位を上げて来た娘ですが
中間テストでは初めて順位が落ちました。

「目標○位」は、
もちろん娘がこれまで取ったことのない高順位です。

周りが例え「無理だ」と言っても
親だけは「大丈夫、行ける」と応援してあげたい!

と思っていました。



そして、
担任のお返事コメントですが、、、

「○位はそんなに高い目標ではない。頑張ること」

びっくりびっくりびっくり


えーーっ と思いましたが

娘のポテンシャルはこんなものじゃない
と評価いただいた、のか?


うちの娘に限らず
クラスの皆もっと頑張れよドンッ

と言うことなのか、、、。



テストのために勉強するものではないと
私は言っていますが

定期テストが良い刺激になっているのも事実です。



何はともあれ、
「励みなさい」と言うことでしたウインク