面白くて、のめり込んで、
“このレベルまでやっちゃった”
ってことをしようぜ!
そうゆう経験をするのが
まず第一段階。
好きなことでのめり込む
ゲームでも何でもいい。自分なりに究める!経験。“型”として、体に染み込むまで
飽きる程やり込むイメージ。
これは、本人がしたい!と言う事をさせる子育てで
幼少期からでも可能な経験。



もう一つ本質的なこと。
「好き」と「嫌い」は、
実は“曖昧”だということを知る。
私の例で言えば
20代のころ、初めてタイ料理を食べた時
「パクチーは苦手。生理的に受け付けない!」
そう思ったものだが
その後、数カ月間のタイ出張で
パクチーが食べられるようになっていた。
無いと、物足りなく感じる程!
別に、努力したわけでもなく
気付いたら、そうなっていた。
そんな経験は、大人になるまでの間
人それぞれ、何かしらあるだろう。
好き、と、嫌い、は
自分の中で「明確な線引きはできないものだ」
という実体験をしておくこと。
つまり、
嫌いなことが好きに変わるなんてウソだ!!
と、直感的には思うけど
嫌いなことの、いくつかは
好きに転じさせることができる!という事実を
身をもって経験する。
これは幼少期の子に
口で言っても難しいかも知れない。
でも、
小、中、高と、大人になる前に
どこかで気付いてくれたら得だね。
頭では分かってる、レベルでいい。
ここまで話したことが何なのか??
勉強でも部活でも、仕事でも趣味でも
人生に於いて何でも
当てはめることが出来る、ということ。
例えば、
「凡人が東大に合格するには、1日に10時間勉強が必要」
と言うならば、
「苦痛の10時間を続ける」よりも、
「のめり込んで毎日10時間しちゃった」を続ける方が
精神的に健全。
勉強なんて嫌いなもの、好きになれんわ!
と思うかもしれないが
・「好き」と「嫌い」は、曖昧だと知っていること
・のめり込んで、飽きるまで一定期間継続した経験があること
上記2つを持って、当たると良いよ、と。
とりあえず、
最初はのめり込む程やってみる。
そのうち好きになってるだろう、って。
好きな事で夢中になった感覚、経験が
オーバラップしてくるって。
「イヤだけど、必要なこと」については
使えるスキル。
イヤだけど、逃げてもいいこと
だったら、
無理してこのスキルを使わなくてもいい。
逃げちゃえばいい。