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2,3ヶ月ほど前、奥様と京都に出かけましたが、その時は時間が早く開いていなかった物件を本日、再訪することになりました。
高速道路は休日割引がないので使わず、下道で京都市山科区に入ります。
山科からは最近無料になった新十条通りの稲荷山トンネルへ。
トンネルを出た付近が寄り道物件のあるところですが・・・
この標識、嵌ってしまいましたw
原付バイクの単独事故をこの表現で、しかもわざわざ探しているのか?w
この看板も微妙に楽しいのだが・・・w
「稲」の文字にご注目w
ということで車は有料駐車場に止め、この踏切を渡って参ります。
すると見えてきましたよ、線路と線路に挟まれた場所に立っている家並みが・・・
一番手前は廃屋のようですが・・・
その奥はエアコンの室外機が稼働しており、人の営みがありましたね~
しかしJR奈良線と京阪電車の線路に挟まれたこの区画、うるさいでしょうね~
そして移動、本日の第一目的地に!
駐車場は少し離れたコインパーキングに入れます。
京都駅のすぐ近くというのに、路上やそこらには廃車がふつうに止められている異様な光景です。
そして目的地、柳原銀行記念資料館に到着です。
「柳原銀行」とは何か?
柳原銀行は,明治32(1899)年,柳原町(崇仁地域)の町長であった明石民蔵(あかしたみぞう)ら地元の有志によって設立されました。
被差別部落の住民によって設立された,日本で唯一の銀行であり,当時,差別のために資金を得られなかった町内の皮革業者等に融資を行い,産業の育成・振興に大きく貢献したほか,その利子を地元の小学校の運営資金や道路建設資金に充てるなど,自力で差別を撤廃していく模範とされました。
大正期には,山城銀行と改称し,事業を拡大していきましたが,金融恐慌などの影響を受けて,昭和2(1927)年に倒産しました。
その後,建物は商店や借家として使用されましたが,昭和61(1986)年に道路の拡幅工事に伴う建物の取壊し案が出たことを契機として,地域では,建物をまちづくりのシンボルとして保存する運動が盛り上がり,保存に向けた様々な取組が行われました。また,平成元(1989)年に本市が実施した調査において,貴重な明治後期の洋風木造建築物であることが判明し,平成6(1994)年,京都市登録有形文化財に指定されました。
以上は「京都市情報館」ホームページからの引用です。
こちらの館内、ようやく入ることができました。
館内には昭和時代の現地画像などが展示されていますが、こんな酷いところだったのですね。
いずれ詳しくお伝えしたいと思います。
次の目的地の前に腹ごしらえです。
先日久御山店では行列のため入るのをやめましたが、こちら五条大宮店ではガラガラでしたね~
いただいたのは「味玉ラーメン大」でした。
味の方はいいのですが、並ぶほどなのかな・・・? が正直な感想ですw
まぁこれだけは人それぞれ味覚が違いますからね。
で、もう一つの目的地は島原遊郭跡でした。
こちら、かつての遺構で残っておりますのはこの画像であります「島原大門」と、「輪違屋」、「角屋(すみや)」の3ヶ所程度です。
そして角屋さんの中にお邪魔しました。
入場料金は¥1,000と京都価格でしたが、個々に案内人がついてくれ、詳しく解説してくださいます。
仲の画像をダイジェストでは2枚だけ載せておきましょう~
帰りは京都東IC~瀬田西ICまで高速移動しまして、草津市のバイク用品専門店へ参りました。
こちらで購入したのは先日もそうでしたが、今回電動バイク用にとヘルメットホルダーを購入しました。
そして夕方早くに帰宅。
その後、昼寝w
そして雷雨!
電動バイクで少し遊んで・・・w
本日も1日が早くも終わろうとしています。
久しぶりに滋賀中心で過ごしたこの週末。
いろんな片付け事ができまして、充実しておりました。
今週にはリエッセも整備を終えて戻ってくる予定です。
来週はいよいよ4連休!
久しぶりの遠出となりますが、それまであと少し、頑張りましょうか・・・!(^^)!
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