今回は病気の話しはありません。


     私が住んでいるところは日本列島の中で、けっこう暖かいところです。           それでも冬の期間はいっとき普通に寒くなります。
今年は全国的に本格的な寒さの到来が遅かったようですが、ここもようやく昨日、今日と寒くなりました。

     そうしたら、今日も職安にいく予定なのですが、億劫すぎて炬燵から出られません。
先週末職安に身分証明書を持たずにいってしまったので失業給付の手続きができず、今日出直すつもりなのですが。
さらに先週末職安で紹介状をもらった会社に提出する履歴書(本当は今日持っていきたかったのですが、あると思ってた履歴書の余りがなくて、今日職安の帰りに履歴書買って書いて、明日持参予定)も買わなければならないのですが。


      まあのんびりしている間に採用終わっちゃったらそれでいいかとも思えます。だってご縁があれば魂が無理矢理にでもそこで働かせるのでしょうから。

     私はマスクするのきらいなので(どれだけお洒落にしてもマスクが台無しにするし、息苦しいので。)もうマスクなんて全くしていないですが、面接していただけることになってもしないでいいかなと思います。それが理由でだめなら、魂がそこで働くのは時間の無駄と判断したということなのでしょうから。


     それにしてもだめなのは、職安に出かけることさえ億劫だという気力の無さです。 
    昨年の同じ時期には働いていて寒い中職場に自転車通勤し、年末調整で忙しく、帰りは寒く暗い中(田舎なので東京より冬の午後6時はかなり暗いです)帰ってきて、お風呂を洗ってご飯の準備や片付けをして1日を終えていました。


     それが今やちょっと寒くなったからって出歩くのがめんどくさいだなんて。

     本当に忙しい人っていろいろな面においてきちんとしていますよね。


      それに比べて引きこもってしまうと、あらゆることにたいして気力を失い、体力も失っていくと実感しています。

     生きることに意味があろうがなかろうが、人は人生に目標がないと生きられないものですね。ただ生きているというだけで、張り合いのない日々が過ぎていくだけになります。

     子育てをしながら資格の勉強をしていた頃が懐かしいです。勉強と家事中心の日々だったから娯楽はあまりなかったのですが、「この年齢でまだ人生を余生にしたくない(目標がない人生はどれだけ若くても余生をいきていることだと思っていました)から、頑張ってぜったい資格とりたい」と勉強仲間と言いあっていました。

     あのときの私と今の私が同じ人間だなんて。


     寒いし職安遠いしで全く気が進みませんが、気力をふりしぼって出かけてきます。