ぱーのワーイホリックday!! -217ページ目

日本史(P19~P31)

弥生時代はクニと呼ばれる小国が多数存在。
小国の王たちは自らの立場を強めるため中国に使者を送る。
倭の奴国王は後漢の光武帝から金印を受け取った。

諸国間の争いは絶えない。
そこで邪馬台国の女王卑弥呼を中心とし、
小国の連合を作ることに。
見事争いは収まる。
卑弥呼の死後、男の王が立つが国はまとまらず、
壱与になって収まる。

3世紀になると、各地に古墳が出現する。
出現期で最も大きい古墳は奈良の箸墓古墳。
この時代は奈良(大和)の勢力が強かったことが分かる。
大和を中心とした政治連合を大和政権と言う。

古墳の副葬品は前期は三角縁神獣鏡など呪術的なものが多い。
後期には武具など武人的なものが増える。
日本最大の古墳は大阪の大仙陵古墳。
大和政権の大王の墓と考えられる。

朝鮮半島では北高句麗、
南に馬韓・弁韓・辰韓ができる。
馬韓は百済、弁韓は伽耶諸国、辰韓は新羅となる。
日本は伽耶諸国と密接な関係にあったため高句麗と争う。
(好太王碑の碑文に記されている。)
この朝鮮半島での戦いを有利に進めるため、
日本から中国に朝貢する。
讃・珍・済・興・武を倭の五王と言う。

逆に中国や朝鮮からは多くの渡来人が来て、
機織り・土木などの技術を伝える。
土器はそれまで土師器が中心だったが、
朝鮮の技術から須恵器が作られるようになる。
また漢字・儒教・仏教・医学・易学・歴学も伝わり、
『帝記』や『旧辞』はこの頃作られ始めたと考えられる。

古墳の副葬品が武人的性格を持つようになったとは言え、
呪術的風習が廃れたわけではない。
禊や祓、太占の法、盟神探湯が行われ、
祈年の祭りで豊作を祈り、新嘗の祭りで収穫を感謝した。

アルコールがないよ


ぱーのワーイホリックday!!

ぬっは!
アルコール勉強法をしようと思ってたのにアルコールがない。
こまったこまった誉田御廟山古墳やろこれ!

しゃあない。
今日はアルコールなしでやるかー。
その前に晩ごはん食べよ。

これのことか!


ぱーのワーイホリックday!!

Haijiさんにコメントができないと言われていましたが、
私は普通にコメントできてたので、
特に気に留めてませんでした。

けど今コメントしようとしたら、
なっかなかできんかった。
なんじゃこりゃ!

顔文字も使えへんやん!
この状況が続くようならアメーバさんにメンテナンスお願いしよ。

飴婆

焼きうどん


ぱーのワーイホリックday!!

こないだ酒のあてにお隣さんに作ってもらった焼きうどん。
めっちゃおいしかった。
ごちそうさまでした。

さーて、おそらく4月から働かないといけないので、
今日はたっぷりルーブル見てきます。
今までは毎日1,2時間だけで帰ってたのです。

今日でイタリアルネサンス見終わるぞー!

ティエポロティントレットアルチンボルトー!

日本史(P7~P19)

更新世は氷河期で、大陸が陸続きだった。
その時にマンモスとかを追って今の日本列島に人類が移動した。
完新世になると氷が溶けて、日本が島国となる。
これが紀元前1万年前のこと。

更新世では石を打ち砕いただけの打製石器が使われていて、
これが旧石器時代、
完新世になって磨製石器が使われだした時代が新石器時代。

旧石器時代では、
尖頭器なんかを木につけて狩猟・採取を行っていた。
後半になると細石器を使用。
攻撃力アップ。

そのままの生活でも良かったが、
氷が溶けて完新世になると、植物の生態系が変わる。
西は照葉樹、東は落葉広葉樹。
おのずと動物も変わる。
大型獣からイノシシとかシカに。
逃げ足速いから弓矢を作るようになる。
貯蓄用に土器も作るようになる。
これが縄文土器。
石も磨いた方が鋭くなることに気づく(磨製石器)

縄文時代は漁労も行うようになる。
貝塚がそれを証明。
八丈島にも縄文遺跡が見つかるので、
航海術も優れていたとわかる。

この時は地面を掘ってそこに屋根をかけた竪穴式住居。
集落は水辺の近く。

人々は自然現象を恐れている。
これがアニミズム。
土偶とか石棒が呪術の表れ。
死者も脅威の対象だったので、
丁寧に屈葬する。

紀元前3世紀になると中国より水稲・鉄が伝わる。
ここから食料生産の時代へ。
保存方法も変わるから土器は弥生土器へ。
農具は初期は木製農具だったが次第に鉄製農具へ。
鉄は堅いので、湿田だけでなく乾田開発も可能に。
このころの水田は既に灌漑・排水が整っていた。

食料は高床式倉庫とかに保存。
貯蔵によりその日暮らしでなくなるので、
蓄えの多い者の立場が強くなる。
貧富の差が生まれる。
争いも起こり、
環濠集落なんかが生まれてくる。
死者は伸展葬。