ワケとかルーツとか隠してるものとかさらけ出すもの | かみつきたい日だってある。

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〇奥野亮子のお知らせやあれこれ〇

深夜に
(深夜でなくともよいのだけどでも大抵深夜)

音楽を聴く
映画を視る

なんかひょんなきっかけで

感情、というより
体内にあったカタマリみたいのが
溢れて溢れて止まらなくて短時間にだーっと泣くことがあります。

何か形や方向のある感情でなくて、
もっと訳のわからない熱量みたいな、
力に動かされて世界の音が聴こえなくなる。

叫びだしそうな衝動と
ぼたぼた落ちる涙。


客観的にみると
相当気持ちの悪い光景なのだけど、
人様にこうしてお知らせするようなことでもないのだけど、

素面に戻った時にふとね。

この「力」の原因っていうかルーツはなんなんだろうなって思うんです。

もしかしたら、
それがあたしが役者をやる理由なのかもしれないし、

人が人たる理由なのかもしれないし、

喜怒哀楽の何にもカテゴライズできないカタマリを
誰しもが持っているから、
みんな何かを『表現』したいのかなとも思う。

発信者も、
受信者も、

結局はみな何かを『表現』したいのだと思うから。


カタマリの色も形もきっと
人それぞれでしょう。

だけどこうして、
あたしがぱかって開くと飛び出てくるものは、
普段はその分だけしまい込まれていて、

からだの中の中にいて、

あたしが見る世界の色も音も人も
事件も恋もいざこざも

そいつが根っこでキャッチして感じてるんじゃないかなと考えてしまうのです。

そうしてたまに出てきたそいつは、
明らかに何かを欲しがっている。

何を求めているんだろう。
何を追っているんだろう。

あたしは。


そんなことを思う週のはじまりでした。

ちゃお。