昼休みに初夏の丸の内仲通りを歩くのは、贅沢な時間の使い方だと思う。昼の間だけ歩行者専用になっている通りには、よくわからないけどおしゃれそうな感じのする彫刻が立ち並んで、両脇には、世界でも有数の高級ブランドショップが店を構えている。高級感がありながらも、ゆったりしている通りの雰囲気はとても素敵で、モンテ・ナポレオーネもメルローズアベニューも丸の内仲通りに比べたら大したことないと、私は思っていたりする。両方行ったことないけど。薄給の丸の内OLの私が、ランチタイムに何をしているかというと、もちろんショッピングではなく、尾行だ。

相手は会社の中でも1,2を争う非モテ社員のヨワシ君。そういう病み気味な癖があるわけではなく、これにはちゃんとしたやむにやまれぬ事情があるので、その辺から説明していきたいと思う。

私は丸の内に本社のある中堅の家電メーカーで営業事務の仕事を3年関している。給料はまあまあそこそこだけど、休みが取りやすいので結構気に入っている。
ただ、居心地が良すぎるせいか、婚期を逃したお姉さま方が多過ぎて、処世術い気を使わなきゃいけないのが結構ストレスになっていたりもする。

私の所属している部署はホーム・エンターテイメント事業部といって、簡単に言うと、誰が買うの?っていうくらい高いステレオを作って売ってる部署。
我が社のステレオ1セット買うお金で、私の家の家賃が3年間払えると思う。世の中には不思議な趣味の人が多いのか、お金の使い方が分からない人が多いのか、これが安定的に売れていて、こんな不況でもまあまあ忙しい。

部署の人数は総勢15名。男子(おっさん含む)9名、女子(おばさん含む)6名の職場だ。25歳の私は、部署の中では2番目に若い。私の下には、短大卒で20歳のエリという女の子がいて、それ以外はみんな年上だ。後はアラサーのお姉さんばかり。男は、新入社員が2人と、20代の中堅が2人、30代が3人、残りはおじさん。心がときめくようなイケメンが一人でもいてくれたら、会社に来るのも楽しくなるんだろうけど、みんないまいちで心が躍らない。メーカーって職種とか財閥系って会社の性質のせいだろうか?もっと丸の内っぽいセンスのあふれる人が居ればいいのにっていつも思う。

「ヨワシの行動って謎よね?」一週間前の昼休み、同期で隣の海外事業部にいるユキ子が突然そんな話を振ってきた。私たちは普段はコンビニ弁当を買って、会社の会議室で食べているのだが、週に一回会社の外でランチをしに行く。その日は丸の内仲通りに新しくオープンしたダイニングの視察に行っていた。ヨワシというのは私の部署の営業で、年は27歳か28歳だったと思う。何というかとても特殊な性格で、誰に聞いても変だと評価されるような人物だ。最低限必要な事しか会話をしないし、部署の飲み会にも顔を出さないし、いつも一人で過ごしている感じがする。

ただ、私はひそかに親近感を持っていた。キーワードは「孤独」だ。ヨワシは周りを拒否していて、私は周りに溶け込みながらも本質的な所で孤独だった。

「この前、営業の松山さんと話をしてて、一度ヨワシの行動を観察してみようってことになったの」松山さんとは、私の部署にいる、30歳すぎのイケメンサラリーマン。妻子持ちだけど、話が面白いし面倒見が良いので女子からは人気がある。私は前からユキ子と松山はできているんじゃないかって疑っている。私は不倫なんてバカらしくて全く興味が出ないから聞いたこともないけど、そういうことにのめり込めるユキ子が少しうらやましかったりもする。

目の前でユキ子が松山との会話を再現している。「ふーん」と適当に相槌を打ちながら、サラダを混ぜた。とろーり温泉卵とかりかりベーコンシーザーサラダ。一皿1,500円。高い・・・。

「あの人、昼間いつもどこかに消えるじゃない」

半分、ユキ子と松山ののろけ話と化してきた会話の中でそのキーワードだけ私のセンサーに引っかかった。そう、ヨワシはいつも昼休み一人でどこかに消えていくのだ。そして12時57分に必ず自分の席に戻ってくる。人に自分の話をしないヨワシの行動は、営業部内でも噂の種になっていた。私にもあんな風に一人で過ごせる強さがあったらいいのに、何回かそう思ったことがある。

「まずはそれを調べることにしたの」
「ふーん」

私は一枚30円くらいするレタスの切れ端をフォークでもてあそびながら聞いていた。

「で、調査員に真琴が任命されました」「ふーん。え、なんで?」自分の名前が出てきたことに気がついてユキ子を見上げた。なんで自分の名前が出てきたのかよくわからない。

「だって、あんたいつもヨワシを見てるじゃない。」

そうなのだ。空気を読みつつ本質的に孤独な私は、孤独を貫いて浮いてしまうのを気にしないヨワシの姿勢に興味を持って、いつも目で彼の行動を追っていたのだ。別に好きでも何でもないのに。それにしても、ユキ子にばれていたとは。恥ずかしい・・・

「とにかく、ヨワシの行動が分かったら松山さんが焼肉おごってくれるらしいから、よろぴく」
「お肉ですか?」
「そう」

ヨワシに興味が会ったことと、お肉につられて、私はユキ子からの依頼を引き受けることにした。もとからヨワシの行動をじっくり観察したいとは思っていたのだけど、ヨワシの後をつけているところを誰かに見られたりして、私がヨワシのことを好きだとか、あらぬうわさを立てられるリスクを考えるとなかなか実行できていなかった。会社の女子ネットワークの根幹を抑えているユキ子とコンセンサスが得られれば、とても動きやすくなる。