ヨワシとの関係はその後まったく進展せず、たまに昼休みの観察を続ける日々が続いていた。春が近づいて来て外でお弁当を食べながら日光浴するのが楽しくなってきた。
そんなある日、課長から会議室に呼ばれた。
「仕事はどう?」
「まあ、ぼちぼちです」
「そう。時間がないから本題に入るけど、新しいプロジェクトが進んでて、まあ簡単に言うと一人暮らしの女性向けの家電全般をネットワークでつなぐシステムを開発して売り出すってプロジェクトだな。
で、各部署の女性を集めてプロジェクトチームを作ることになってるんだけど、うちからは君が選ばれたからよろしく。ちなみにプロジェクトリーダーは篠原だから。篠原は知ってるよね?」
「はい」
「うん、彼女は優秀で部下の扱いもうまいから問題は無いと思うよ。来週からそっちのチームに行ってもらうんでよろしく」
一方的にしゃべられて打ち合わせは終わった。青天の霹靂だったが、誰にでも出来そうな今の仕事に別に未練はないし、篠原さんの下で働けるのは魅力的だった。ただヨワシと違う部署になるのは少し寂しい気がした。
まあ、どちらにしても私に人事異動を拒否する権利はなさそうだし、前向きにとらえることにした。
新プロジェクトチームは役員室のあるフロアに部屋を与えられた。偉い人たちがどう考えているかは不明だけど、このプロジェクトに対する会社の力の入れ具合がわかった気がする。
私はばたばたと後任の新入社員の女の子に仕事の引き継ぎをして、送別会などもしてもらって、異動の日を迎えた。ちなみに、会社の飲み会に参加しないヨワシは私の送別会も欠席した。
私の仕事はマーケティングの補佐と企画の補佐ともといたチームとの連絡係り。幸いヨワシが元のチームでの窓口となっていたので、顔を見る回数は減ったけど電話で話す機会が増えた。メインの仕事は補佐ばかりでやりがいがあるんだかないんだかわからないけど、メチャクチャ忙しくなるよりは気楽だ。
プロジェクトリーダーの篠原さんは思った通り仕事もできて、頭も良くて、話も面白くて、おまけに美人。才色兼備って言うのはこういう人のことを言うんだってのが良くわかった。女だけの職場って人間関係が面倒だってイメージがあったけど、このチームはみんな篠原さんのリーダーシップのもとでうまくまとまっている。意志のあるチームは強い。
仕事のやりがいも感じるようになってヨワシ観察もますます力が入ってきた。
昼休み前にヨワシに連れて行ってもらったジャズバーをネットで検索してみた。目的は一人で行ってみるため。篠原さんを見てると、そういうバーで一人でお酒を飲んでる姿が超似合ってて、私もそんな女になりたいと思ったので、冒険しにいくことにした。
HPにはライブのスケジュールが掲載されてて、何気なく予定を見ていると次の週末のライブに山田ツヨシの名前があることを発見した。楽器はウッドベースと書いてあった。あのヨワシがウッドベースを弾いてる姿なんて想像できないから別人なんじゃないかとも思ったけど、音楽好きのヨワシならあり得なくもない。私は週末の合コンの予定をキャンセルして、一人でジャズバーに行くことにした。
スケジュール帳に予定を書き込んでいると、後ろから声をかけられた、なんだかヨワシをストーキングしているのがばれたんじゃないかって気がしてびっくりして振り返ったら篠原さんがいた。
そういえば篠原さんは部下を一人一人ランチに一対一で話をしているって聞いた気がする。周りの人はみんなキャリアで入社して仕事もできる人たちばかりなので一般職で何の取り柄も無い私が選ばれるのは何かの間違いだと思った。ましてや篠原さんと食事に行くことなんて夢にも思っていなかった。今その瞬間が来てるんだと思うとうれしさと、何を話していいのかわからないって困惑と、失望させちゃったらやだなって恐れが一緒になってやってきた。でも断るわけにもいかないので、私はハイってうなづいた。
篠原さんがつれてってくれたのは有楽町のガード下にある小汚い中華料理屋だった。丸の内のおしゃれなお店に行くのかと思ってたので意外だった。「この見せにくるとみんながそんな顔をするんだけど、私がこういう店に来るのへん?」
「いえ。ちょっと予想外でしたけど、面白いです」
「そう。好きなもの食べていいよ」
篠原さんにメニューを手渡されて私はエビチリ定食を頼んで、篠原さんはホイコーロー定食を頼んだ。
篠原さんは思ったより話やすい人だった。少し年上の友達と話をしている気分になれた。料理が来るまでは仕事の話をしないで世間話をしていた。プライベートで何をやっているのかとかそういう質問をされて私はそれに答えていた。
食事が終わってお茶を飲んでいるときに仕事の話が始まった。この部署の役割とか私にして欲しい仕事についてって内容だった。最後に質問は?と聞かれて私は思い切って疑問に思ってることを聞いてみた。
「あの。どうして私だったんですか?ほかに優秀な人はいっぱいいると思うんですけど・・・。それに篠原さんと話すのは今日が初めてだし。」
「あなたはなかなか見所があるって聞いたの。普通の人とはちょっと違うって。私が欲しいのはなんかよくわかんないんだけどちょっと違うって感性なんだよね。
私も言葉ではよく言えないんだけど。会社で成功するための方法ってのはある程度決まってるんだけど、それとは別の価値観で生きてる人が好きなの」
篠原さんの話はよくわからなかったけど、どこかの誰かが私を推薦してくれたんだってことはわかった。部長か課長だろうか?あの人たちが私を知ってるとは思えないけど。まあ少しうれしかった。