ランチタイムが終わって私たちは会社に戻った。駅の改札のようなセキュリティゲートにIDカードをタッチして、エレベーターホールに向かう。午後一時前のエレベーターは昼食から戻ってきた人たちでいつも混雑する。エレベーターを待っている間、隣のユキ子が私の肩をつついてきた。「何よ?」ユキ子に聞いてみる。「ほら、列の前の方にいるのヨワシじゃない?チャンスじゃん、声かけてきなよ」
「嫌よ。心の準備が」
「なに恋する中二みたいなこと言ってるのよ。これも仕事だと思いなさい」
ユキ子に押し出されるようにヨワシの横に立つことになってしまった。私の少し上にヨワシの顔が見える。
私の視線に気がついたヨワシがこちらに視線を向けたが、私はとっさに視線を外してしまった。
なんだか本気でヨワシのことが好きな中学生みたいな気分がして来て、納得が行かないが、
普段ヨワシと仕事以外で話をすることは無いので、こういう場合どういう会話をすればいいのか分からなくて困ってしまう。
エレベーターがやってきて人が次々と乗り込んでいく。22階にたどりつくまでの1分近く、私はこのチャンスを生かすことにした。
「あの、外に行ってたんですか?」
俺に話しかけてるの?って感じのビックリした顔をして、ヨワシが私を見返してきた。私は軽くうなづく。
「うん、いつも外で食うんだ」「へー」
毎日どこに行ってるんですか?って聞こうとして、質問を飲みこんだ。何だかまだそんな質問をしちゃいけない気がした。
「河本さんは?」ヨワシが私に聞き返してくる。この人ちゃんと会話できるじゃんと思った。まあ、営業だから会社の外ではしゃべってるんだろうな。
「私はユキ子・・・、小山田さんと一緒に・・・」「ふーん」
無口でコミュニケーション能力が皆無の人だと思ったけど、ちゃんと会話ができるんだってことが分かって、ちょっと他の人が秘密を発見した気分だった。
22階について、エレベーターの扉が開く。私たちは自分のフロアに向かった。もっと話をしようと思ったけど、こんなときに、どんな話をすればよくわからなくなってしまった。
合コンならどんな男とでも適当に話をつなげられるのに。
午後の仕事が始まる。定時まで仕事をすれば後4時間半で仕事がおわる。退社するまでの時間をカウントするのが私の日課だった。一般職の私の仕事は注文書の処理と納期の管理。大手家電メーカーの一角にカウントされる会社なんだけど、重電部門が花形で私達コンシューマー向けの部署はかなり本流から外れていて、最近の不況で部署の存続が怪しくなってきており、今後の業績で運命が左右されるため、部の空気は殺伐としている。
「値下げすりゃバカでも売れるんだよ!」今日も課長のどなり声が聞こえる。怒られているのは山本さん。たしか年次はヨワシのひとつ上。
わが社では何年入社の何大卒かって肩書きが名前とセットでくっついてくる。その人の趣味や家族構成なんかを知らなくても、学歴はたいていみんなが知っている。
地方国立大出身のヨワシは学歴的には中の上って感じだ。
部下にどなりちらしていた課長のもとに広報課課長の篠原さんがやってきた。私はちらちらのぞき見しながら2人の会話に聞き耳を立てた。篠原さんは女性専門職第一号で、一世紀近い会社の歴史で最初の女性管理職。出世する条件として大事なものとして、学歴、派閥、仕事、何より男であること、という社風の中で男性社員と対等以上に仕事ができる篠原さんは女性社員のあこがれの的だった。一般職としてのほほんとOLをやっている私にとっても実はあこがれの先輩だ。
「どうした?」
山本さんに怒鳴り散らしていた課長がやりにくそうな声で篠原さんに話しかける。この2人は同期だけど、管理職に上がったのは篠原さんが先で、仲が悪いという噂だ。
「ちょっと話があるんだけどいい?」
「ああ」
篠原さんの後を課長がついて歩く。いつもは威張り散らしている課長が、従順に従う姿がおかしかった。
課長は弱いものには強くて、強いものには従順に従う癖がある。みんなは小心者だと馬鹿にしているが、本人はまったく気付いていないようだ。大人しいヨワシも目の敵にされて、よく怒られている。
怒られているときのヨワシは、課長の机の前でじっと立って、何も反論せず、話を聞いて、また自分の席に戻っていく。他の社員はみんな陰で理不尽な課長の怒りに文句を言ったり、弁明したり、悪口を言ったりするが、ヨワシは決して陰口をたたくことは無かった。寡黙で何を考えているかわからないという人もいるけど、それはヨワシの持ち味なんじゃないかと、私は好意的に受け止めている。
もう少しヨワシについて知りたい、課長のことをどう思ってるか聞き出したい、そんな好奇心が私の心の中で膨らんでいった。
「嫌よ。心の準備が」
「なに恋する中二みたいなこと言ってるのよ。これも仕事だと思いなさい」
ユキ子に押し出されるようにヨワシの横に立つことになってしまった。私の少し上にヨワシの顔が見える。
私の視線に気がついたヨワシがこちらに視線を向けたが、私はとっさに視線を外してしまった。
なんだか本気でヨワシのことが好きな中学生みたいな気分がして来て、納得が行かないが、
普段ヨワシと仕事以外で話をすることは無いので、こういう場合どういう会話をすればいいのか分からなくて困ってしまう。
エレベーターがやってきて人が次々と乗り込んでいく。22階にたどりつくまでの1分近く、私はこのチャンスを生かすことにした。
「あの、外に行ってたんですか?」
俺に話しかけてるの?って感じのビックリした顔をして、ヨワシが私を見返してきた。私は軽くうなづく。
「うん、いつも外で食うんだ」「へー」
毎日どこに行ってるんですか?って聞こうとして、質問を飲みこんだ。何だかまだそんな質問をしちゃいけない気がした。
「河本さんは?」ヨワシが私に聞き返してくる。この人ちゃんと会話できるじゃんと思った。まあ、営業だから会社の外ではしゃべってるんだろうな。
「私はユキ子・・・、小山田さんと一緒に・・・」「ふーん」
無口でコミュニケーション能力が皆無の人だと思ったけど、ちゃんと会話ができるんだってことが分かって、ちょっと他の人が秘密を発見した気分だった。
22階について、エレベーターの扉が開く。私たちは自分のフロアに向かった。もっと話をしようと思ったけど、こんなときに、どんな話をすればよくわからなくなってしまった。
合コンならどんな男とでも適当に話をつなげられるのに。
午後の仕事が始まる。定時まで仕事をすれば後4時間半で仕事がおわる。退社するまでの時間をカウントするのが私の日課だった。一般職の私の仕事は注文書の処理と納期の管理。大手家電メーカーの一角にカウントされる会社なんだけど、重電部門が花形で私達コンシューマー向けの部署はかなり本流から外れていて、最近の不況で部署の存続が怪しくなってきており、今後の業績で運命が左右されるため、部の空気は殺伐としている。
「値下げすりゃバカでも売れるんだよ!」今日も課長のどなり声が聞こえる。怒られているのは山本さん。たしか年次はヨワシのひとつ上。
わが社では何年入社の何大卒かって肩書きが名前とセットでくっついてくる。その人の趣味や家族構成なんかを知らなくても、学歴はたいていみんなが知っている。
地方国立大出身のヨワシは学歴的には中の上って感じだ。
部下にどなりちらしていた課長のもとに広報課課長の篠原さんがやってきた。私はちらちらのぞき見しながら2人の会話に聞き耳を立てた。篠原さんは女性専門職第一号で、一世紀近い会社の歴史で最初の女性管理職。出世する条件として大事なものとして、学歴、派閥、仕事、何より男であること、という社風の中で男性社員と対等以上に仕事ができる篠原さんは女性社員のあこがれの的だった。一般職としてのほほんとOLをやっている私にとっても実はあこがれの先輩だ。
「どうした?」
山本さんに怒鳴り散らしていた課長がやりにくそうな声で篠原さんに話しかける。この2人は同期だけど、管理職に上がったのは篠原さんが先で、仲が悪いという噂だ。
「ちょっと話があるんだけどいい?」
「ああ」
篠原さんの後を課長がついて歩く。いつもは威張り散らしている課長が、従順に従う姿がおかしかった。
課長は弱いものには強くて、強いものには従順に従う癖がある。みんなは小心者だと馬鹿にしているが、本人はまったく気付いていないようだ。大人しいヨワシも目の敵にされて、よく怒られている。
怒られているときのヨワシは、課長の机の前でじっと立って、何も反論せず、話を聞いて、また自分の席に戻っていく。他の社員はみんな陰で理不尽な課長の怒りに文句を言ったり、弁明したり、悪口を言ったりするが、ヨワシは決して陰口をたたくことは無かった。寡黙で何を考えているかわからないという人もいるけど、それはヨワシの持ち味なんじゃないかと、私は好意的に受け止めている。
もう少しヨワシについて知りたい、課長のことをどう思ってるか聞き出したい、そんな好奇心が私の心の中で膨らんでいった。