猪瀬直樹東京都副知事の動きが活発だ。その一つが東京天然ガス発電所プロジェクト。
これは、東京湾に巨大ガスタービン発電所を東京都主導で建設しようという壮大なものだ。
再生可能エネルギーを固定価格で買い取りする制度の法案は成立しても、
制度設計はこれからであり、政府の歩みは遅い。それならば、東京都が率先して原発に代わる代替
エネルギー源を開発していこう。その心意気やよし!
石原慎太郎知事も具体的な計画立案と遂行は猪瀬副知事に一任しているのだろう。
天然ガスを使うことに関しては、二酸化炭素排出もあり、地球温暖化への悪影響も懸念されている。
しかし、地球上に放射能を撒き散らす原子力よりはマシだ。当面は天然ガス、石油を中心とした化石燃料
でしのぎつつ、自然エネルギーの普及も並行して強化していく、というのが日本の取るべき現実的な歩み
のように思う。少なくとも原発への度が過ぎる程の依存体質からは早々に脱却しなければならない。
幸いにして、この夏の節電運動により、国民のエネルギー観は変わった。この取り組みは個人的にも今後も続けていきたい。
だからこそ猪瀬副知事にはエネルギー分野で大いに暴れてもらいたい。東京一極集中の弊害が指摘されて久しいが、そうは言っても「この国のメインエンジン」であることは当面変わらない。東京だからこそ出来ることはまだまだあるはずだ。
野田総理が就任以来まともに記者会見を開いていない。ぶら下がり取材もなく、記者の問い掛けも完全無視。
その姿を見ていると、ドジョウが貝になったかのようだ。一体何を恐れているのだろうか?
一番残念だったのは、東日本大震災から半年たった11日に何の肉声も聞かれなかったことだ。国家指導者として
これから復興再生へかける意気込み、決意を国民に語るべきではなかったか。
大昔のギリシアにあった全市民参加のポリスぐらいの規模であれば指導者と直接対話の機会はあったかもしれない。
しかし、現代の国民は報道などを通じてしか指導者の声を聴く機会はない。その声を元にして国民は考え、行動する材料と
するのだ。アメリカのオバマ大統領は、重要政策の発表など事あるごとに記者会見を通じて国民にその決意を語っている。
思うに野田総理は党内融和、野党との協調など「守り」に徹する余り、肝心の政策遂行という「攻め」の姿勢を忘れて
しまったのではないだろうか?復興、財政、社会保障、原発、TPPなど課題は山積みである。こういうときだからこそ
「攻め」の姿勢が大切だと私は思う。沈黙は金が常に正しいとは限らない。
アイルトン=セナのドキュメンタリー「アイルトン=セナ音速の彼方へ」を観ました。
僕の中でF1ドライバーと言えば、真っ先にセナが浮かびます。彼に惹かれた理由は華やかなドライビングの陰にどこか寂しさを感じ取ったからでした。はっきりとではないが、その答えはこのドキュメンタリーにありました。
以下個人的な解釈です。↓
彼は若くしてその潜在的なドライビングテクニックを駆使し、頂点へ駆け上りました。しかし、決して満たされてはいなかった。F1という世界は政治的なものに蝕まれており、セナの望む純粋な戦いからは程遠い世界だったからです。セナはレース以外との戦いにもエネルギーを割かねばならず、輝きは次第に失われていきました。そして、どんどん孤独になっていったのだと思います。レース後の寂しい表情もそのためだったのではないでしょうか。
しかし、それでも彼は走り続けた。サーキットに求めるものあると堅く信じていたからでしょう。そして、運命のイモラへ。
このドキュメンタリーは、レーサーとしてのセナよりも、
1人の人間たるセナを深く描いています。
セナを通して人間として人生を生きる意味について考えさせられる作品でした。
僕の中でF1ドライバーと言えば、真っ先にセナが浮かびます。彼に惹かれた理由は華やかなドライビングの陰にどこか寂しさを感じ取ったからでした。はっきりとではないが、その答えはこのドキュメンタリーにありました。
以下個人的な解釈です。↓
彼は若くしてその潜在的なドライビングテクニックを駆使し、頂点へ駆け上りました。しかし、決して満たされてはいなかった。F1という世界は政治的なものに蝕まれており、セナの望む純粋な戦いからは程遠い世界だったからです。セナはレース以外との戦いにもエネルギーを割かねばならず、輝きは次第に失われていきました。そして、どんどん孤独になっていったのだと思います。レース後の寂しい表情もそのためだったのではないでしょうか。
しかし、それでも彼は走り続けた。サーキットに求めるものあると堅く信じていたからでしょう。そして、運命のイモラへ。
このドキュメンタリーは、レーサーとしてのセナよりも、
1人の人間たるセナを深く描いています。
セナを通して人間として人生を生きる意味について考えさせられる作品でした。