親父は厳しかった。
中学の時、親父が買ってきて、僕が寝ていると、殴られた。
僕は、中学の時、親父が帰ってくるのが怖かった。
机に向かっていると、親父は、優しかった。
だから、中学の時は、親父が帰ってくるまで、机に向かっていた。
当然、多感な時期に、勉強なんかするわけがない。
いつも、本を読んでいた。
漫画も読んだし、エロ本もよく読んだが、主には、小説を読んだ。
ヨーロッパの小説が好きだった。
好きだったのが、リンドグレーン。今読めば、ただの児童文学だが、
当時は、長くつしたのピッピ、名探偵カッレ君、エミールなど、
傑作だと思い、同じ話を何回も何回も読んだ。
多分、5回ずつは読んだと思う。
赤毛のアンも好きだった。
赤毛のアンシリーズも、何回も同じ話を読んだ。
それ以外にも、ヘッセ、ドフトエフスキーなどのいわゆる名作も、ひととおり読んだ。
車輪の下には、衝撃を受けた。
でも、車輪の下をもう一回読もうとは思わなかった。
ああ無情もそうである。
当時は、ハッピーエンドが好きだった。
親父は不器用だった。
子供への愛が深すぎて、表現できなかったんだと思う。
とにかく、僕にとって、親父が怖かった。
怖い親父に、何回も立ち向かって、そのたびに泣いていた。
その度に、長い説教がある。
いま思えば、その長い説教の中に、たくさんの教訓があり、
今僕がこうして社会で生きていられるのも、その親父の説教の
おかげである。
人の見ていないところで、いいことをしろ、
時間には絶対に遅れるな、
当たり前のことが、いかに重要なことか、一生懸命教えてくれた。
でも、当時は、親父が怖くて、憎かった。
いつも仕事ばかりしていて、帰ってきて怒鳴り散らす親父ではなく、
もっと、やさしくて、一緒に遊んでくれる親父になって欲しかった。
高校になると、親父と話をすることがあまりなくなった。
僕は、高校の時は、自己嫌悪で一杯で、家に帰ると、
引きこもっていた。
親父は、高校になった僕を、怒鳴ることはなくなった。
嫌われ者で、自己嫌悪に陥っている僕を、親父は、陰から、
応援してくれていたみたいだ。
その親父は、僕のイギリス行きを、二つ返事で、OKしてくれた。
僕は、体育会が休みとなる、大学のテスト期間を利用して、
1ヶ月、イギリスに行くことになった。