9月の大学のスタートと同時に、リバプールに行くことになった。
お金は、全部、親父がだしてくれた。
昔商社マンだった親父は、海外出張ばかりだった。
僕も、子供のころ、空港によく親父を迎えにいった。
フィリピンと香港と韓国が多かった。
親父が独立してからも、よく韓国とマカオのカジノに行っていた。
その親父は、初めての海外旅行の僕のために、
空港まで迎えに来てくれた。
出発前夜は、親父がうなぎをおごってくれた。
当時は、うなぎが高級であることも知らなかった。
僕は全然何も知らなかった。
会社の経営が苦しかったはずの親父は、初めての海外旅行の
僕のために、すべて、最高級で用意してくれていた。
旅行代金もとんでもなく高かった。
今思えば、学生の僕を旅行会社が騙していたと思う。
でも、親父は、何も言わずに、全額払ってくれた。
親父は子供のころ、僕と一緒に風呂に入りたがった。
風呂では、親父は、僕の友達の話や、小説の話をした。
夏目漱石のぼっちゃんの話だったと思う。
剣道の面を打つときに、なぜ、「お母さん」「お母さん」といって
面を打ったのか、僕には、理由が分かるか?
と聞いてきた。
親父は、僕の母親を愛していた。
不器用な親父は、僕の母親への愛情を伝えるのがヘタだった。
でも、僕の母親は、愛情を受け入れるのが、とてもうまかった。
だから、僕の家族は、毎日が、幸せだった。
家族の愛情に支えられて、僕は、名古屋空港から
ヒースロー空港へと飛び立った。