Shigeru Eguchi 'STILL LIFE'

Shigeru Eguchi 'STILL LIFE'

アートや制作や活動のあれこれをお知らせいたします( ´ ▽ ` )ノ

3月までは教室で、喫茶店で
人と目を合わせ話すことで
自分がそこにいるのを感じ
存在意義や存在証明なんて
深くは考えてはいなかった
わずかでもよりよい
生活にするにはだけに注視していた。

日々の行為や感情が
よいことか悪いことかを
いつのまにかSNSで人に
ジャッジしてもらい
監視してもらってた依存性も否めない。

「ほんとうのところは誰にもわからないけどね?」 297×210mm g-pen,paper June.2020   practice,doodle.
三か月ぶりのペン画。(╹◡╹)

2ヶ月の引きこもりのトンネルを抜けて
日常は戻ったかのように錯覚した。

いつものように教室にも人が来てくれて
街でも多少の人に会って話すようにはなった。

しかしながら自分が根を張っていたと
思っていた社会はズタボロの脆いものだった。

自然界の危険や不安定さを回避して安全でかつ安定的な生活を送るために街や社会が現実に作られた。

教室も開けて話も指導もできてる。
自分の絵を描く準備や趣味の音楽制作もできる。
今だからこそ文化、芸術のみならず、
食、スポーツ、市井のあらゆる風俗文化が必要なはずなのだけれど、
気持ちの重力がゼロ。宙に浮いてる。

あらゆる経験や知識、資格、技術、経歴がご破算になったような手応えのない自分の存在感。

存在意義や存在証明をsnsや自分以外の誰かに依存してきたツケが回ってきた。

「幸せはボクが決めることだから」と歌の歌詞にあった。
嗚呼、自分軸での考えや行動、そして気持ちの感度「好き嫌い良い悪い快不快」にフタをしていたことに気づく。

raison d'être(レゾンデートル=存在意義)を自力で感じたいのならば、「Cogito ergo sum(コギトエルゴスム=我思う故に、われあり)」の言葉を額面通りに解釈した上で、自分が感じた心地よさ、不快感を軸に捉え直しをしていく必要がある。

笑顔でごまかさない、そんな意思表示ができるのなら既に自分を受け入れてることになろう。
再び厄災が訪れても気持ちの自己治癒はできるように研鑽を積んでいきたい。


と、長々と言葉遊びをしてしまった。
「存在意義、理由」は漫画「ジャスティ/岡崎つぐお」「我思う〜」は漫画「コブラ/寺沢武一」で小学生の時に読んで覚えた言葉たち。好きなフレーズだ。

インスタでの承認欲求を満たす「いいね」だけは人気、ニーズリサーチも兼ねているのでお許しを。(*´◒`*)