先日、ひょんなことから
役職あるヒラ教員と
おしゃべりすることがありまして・・・
「まずは学校の上位目標を見直すべき」
「学習指導要領に基づいて授業をやるのは当然だけど、キッチリやることが目的ではない」
(おっ、イイこと言うねぇ~)
「私は整えるだけ、実際に動くのは先生方だから、先生方から意見が出ないと変えようがない」
「校長が変わらないと変わらない」
「この学校がずっとこのスタンスで来ているから変わらない」

「退勤時間になるとキッチリ帰宅って・・・。そんなんで変わるわけがない(授業力がつくわけがない)」
「働き方改革とか言っている教師は、、、
一生懸命教材作りしないと
」

結局のトコロ
・1番ネックになっているのは「上意下達」
・でも、その先生の考え方も「上意下達」
なんですなぁ~
で、
私は何て言ったかというと
「対話しないと始まらない」
と・・・
P.S
「強制的に発動される長時間労働」は、たしかに必要なところもあります。しかし「強制的に発動される長時間労働」を行うのなら、それ以外の「職場のマネジメント」「個人の生産性の向上」などをセットで行わなくてはなりません。そうでなければ、単純に「労働強化」につながってしまうからです。
しかし、一般には「強制的に発動される長時間労働」以外は、何一つ変わっていないのに、時間内に終わらせることだけを求められる。この不条理な命令が、いかなる悪影響を個人と組織にもたらすのか。これをしっかりと探求します。
その上で、
「長時間労働の抑制・時間の使い方」の「前後」の要因をしっかりと探求するのです。本来変わるべきもの、追求するべきものは、その「前後」にもあるのです。
具体的には、
1.長時間労働につながってしまう理由は、どのような職場マネジメントの機能不全によってもたらされるか?
2.長時間労働の抑制(主観的水準、客観的水準の2つをもうけます)を行うことで、個人と組織にはどのような影響がもたらされるか?
といったものを見ようね、というお話をしています。
1を見ていけば、職場のマネジメントの機能、管理職の管理行動を見直すことになります。また、個人の働き方の改善の問題もでてくるかもしれません。2を見ていけば、経営的にも、個人的にも、働き方改革に取り組む理由が見いだせるはずです。
そして、2の要因の一部こそが、今回、守島先生から問題提起をいただいた部分、
本当の「働き方改革」は、働く人の働きがい、ワクワク感、成長などに繋がるべき
ということです。
本当にめざされるべきは、長時間労働の「ずっとずっと先」にあるものなはずです。
「はたらいて、笑おう」は、おそらくその根幹をなすもののであるという思いを強く持ちました。
そう、この問題は、結局、僕がこれまで探求してきた「職場におけるマネジメントと働きがい、成長実感の関係」に直結しているのです。そして、それこそが、私たちは「希望」だと思います。
働き方改革をやらされるということに、抵抗のある人、少なくありません。
僕たちは、働いて、笑いたいだけなのに・・・
