ガメラについて書こうと思う。1995年の「ガメラ 大怪獣空中決戦」である。
というのも、「シン・ゴジラ」の予告を見て、いろいろと考えるところがあったからである。
私の映画人生は怪獣映画がそのアイデンティティになっているといっても過言ではない。
もちろん他の映画も見てきたが、新しいゴジラの予告を見て改めてその影響の大きさを感じる。
さて、ではなぜ、ゴジラではなく、ガメラなのか?
私はこの作品がなぜかとても印象に残っている。小学生の時、何度もビデオにたまたま映った映画の予告編を見たものだった。
小学生にインパクトを与えるということは、作り手の本気度がそれだけ強いということだ。
私は「ガメラ 大怪獣空中決戦」は、映画として見れる怪獣映画だと思う。それに匹敵するのは1954年の「ゴジラ」だろう。「ゴジラvsビオランテ」もいいが、この2作には少し負ける・・・
厳しく言ってしまえば他の作品はやはり怪獣映画、子供向けの映画なのだ。
それに対してガメラは本気である。大人が本気で作ったのだ。
どこでわかるか。子供は大人の本気度を敏感に感じ取る。そしてそれは20年経った今でも確かに感じ取れる心の感触なのである(まあ大げさな気もあるが)。
もっと言うとリアリティがあるか、子供だましにしていないか、リアリティが1995年のガメラにはあるのだ。
以下、私が感じた‟リアリティ”である。
・伊原剛志が海上保安庁という、あまり怪獣映画では出てこないような現実的な役所の人間であること。
・ガメラ、ギャオスがなぜ生まれたのかをストーリーの中でしっかり説明している。
・子供がよくわからない場面が入っている。例えば自衛隊の会議の様子など。子供がわからなくとも自衛隊がなぜ動いているかを観客に理解してもらうには必要不可欠だからである。
・伊原剛志と中山忍の恋愛ともいえないくらいの関係性が描かれている。しかも、わかるかわからないかぐらいだからよいのである。
・当時の最先端の建造物である福岡ドームを舞台に選んでいる。観客にとってかなりの親近感が持てる。自分の地元でもあったし、このインパクトが大きかったものである。
・ギャオスを捕まえるために福岡ドームを用いるというアイデアが、一見突拍子がないが、実は現実的であると感じられること。
・ガメラが危険だから自衛隊から攻撃されてしまうこと。
・ガメラ、ギャオス、という名前が途中から名付けられること。怪獣映画を見て、怪獣の名前がなんですぐついてしまうのか、子供心には不思議なものであった。
・自衛隊の兵器にレーザーなどの超兵器が出てこない。どこまでも怪獣に現実的な対応をする。
・ちゃんと地球温暖化や環境破壊がギャオスを呼び覚ました、とちゃんとメッセージ性があることを主張している。ただ怪獣が暴れまわって楽しかった、っていう映画じゃないんです、としている。
・当時はまだ発展途上だったCGが、見せ場的なところで使っている。使いどころがよい。
・実際の日テレのニュースを使っていること。
とまあ、こんな感じで書き出すと切りがない。ようは大人の本気度、作り手の本気度が映画の面白さを左右する。観客をバカにしていないか、特に子供はそういう部分を大人よりもシビアに見ている。
「シン・ゴジラ」の予告にも似たような印象を受けたので思わず書いてしまった。そういう子供だましにはしない、っていうことがわかってるのが庵野秀明なんだろうな。
まあ、でも昭和のガメラは完全に子供だましだけどね 笑
というのも、「シン・ゴジラ」の予告を見て、いろいろと考えるところがあったからである。
私の映画人生は怪獣映画がそのアイデンティティになっているといっても過言ではない。
もちろん他の映画も見てきたが、新しいゴジラの予告を見て改めてその影響の大きさを感じる。
さて、ではなぜ、ゴジラではなく、ガメラなのか?
私はこの作品がなぜかとても印象に残っている。小学生の時、何度もビデオにたまたま映った映画の予告編を見たものだった。
小学生にインパクトを与えるということは、作り手の本気度がそれだけ強いということだ。
私は「ガメラ 大怪獣空中決戦」は、映画として見れる怪獣映画だと思う。それに匹敵するのは1954年の「ゴジラ」だろう。「ゴジラvsビオランテ」もいいが、この2作には少し負ける・・・
厳しく言ってしまえば他の作品はやはり怪獣映画、子供向けの映画なのだ。
それに対してガメラは本気である。大人が本気で作ったのだ。
どこでわかるか。子供は大人の本気度を敏感に感じ取る。そしてそれは20年経った今でも確かに感じ取れる心の感触なのである(まあ大げさな気もあるが)。
もっと言うとリアリティがあるか、子供だましにしていないか、リアリティが1995年のガメラにはあるのだ。
以下、私が感じた‟リアリティ”である。
・伊原剛志が海上保安庁という、あまり怪獣映画では出てこないような現実的な役所の人間であること。
・ガメラ、ギャオスがなぜ生まれたのかをストーリーの中でしっかり説明している。
・子供がよくわからない場面が入っている。例えば自衛隊の会議の様子など。子供がわからなくとも自衛隊がなぜ動いているかを観客に理解してもらうには必要不可欠だからである。
・伊原剛志と中山忍の恋愛ともいえないくらいの関係性が描かれている。しかも、わかるかわからないかぐらいだからよいのである。
・当時の最先端の建造物である福岡ドームを舞台に選んでいる。観客にとってかなりの親近感が持てる。自分の地元でもあったし、このインパクトが大きかったものである。
・ギャオスを捕まえるために福岡ドームを用いるというアイデアが、一見突拍子がないが、実は現実的であると感じられること。
・ガメラが危険だから自衛隊から攻撃されてしまうこと。
・ガメラ、ギャオス、という名前が途中から名付けられること。怪獣映画を見て、怪獣の名前がなんですぐついてしまうのか、子供心には不思議なものであった。
・自衛隊の兵器にレーザーなどの超兵器が出てこない。どこまでも怪獣に現実的な対応をする。
・ちゃんと地球温暖化や環境破壊がギャオスを呼び覚ました、とちゃんとメッセージ性があることを主張している。ただ怪獣が暴れまわって楽しかった、っていう映画じゃないんです、としている。
・当時はまだ発展途上だったCGが、見せ場的なところで使っている。使いどころがよい。
・実際の日テレのニュースを使っていること。
とまあ、こんな感じで書き出すと切りがない。ようは大人の本気度、作り手の本気度が映画の面白さを左右する。観客をバカにしていないか、特に子供はそういう部分を大人よりもシビアに見ている。
「シン・ゴジラ」の予告にも似たような印象を受けたので思わず書いてしまった。そういう子供だましにはしない、っていうことがわかってるのが庵野秀明なんだろうな。
まあ、でも昭和のガメラは完全に子供だましだけどね 笑