彼岸の時期となりますので、
今回は、十二運星の“墓”に纏わるお話し
をさせていただければと存じます。
そもそも十二運星というものは、
十干と十二支が巡り合うなかで生じる
気の盛衰や、その時々の状態を、
人が生まれてから生涯を終えるまでの姿に
なぞらえたものとされています。
個人的には、日干を主にした
十干十二支の関係性を補佐し得る、
比喩的なエネルギー値として
扱っているようなものと思っております。
劉伯温が著したと云われる「滴天髄」に、
十二運を示す“生死敗絶説”の一文がございます。
さらに、任鉄樵の「滴天髄闡微」では
十二運星に関する注釈が記されていますが、
どちらも十二運の名称や意味に拘泥して
命を判断すべきではない旨が説かれています。
ですが、日本の四柱推命において、
十二運星を扱う鑑定法が
今なお多く残されているということは、
どういうことでしょうか。
一つには、日本において四柱推命を
普及させた先人たちが実占と検証を重ね、
十二運星の解釈を発展させながら、
研究を深めてきたところに
あるのではないかと思っております。
実際、鑑定において
個人の性質的なことであれ、
運勢を看るに際しましても
十二運星から看た結果に納得できる
ものが多い感触がございます。
十二運を重視する流派もあれば、
ほとんど用いない流派もございます。
占いという概念の世界においては、
それぞれの理論的背景を理解したうえで
実際の命式と照らし合わせながら
検証していくことが大切なのではないかと、
考えております。
さて、本題に入らせていただきます。
ここでは十二運星としての“墓”に限って
お話を進めさせていただきます。
命式に墓がある方というのは、
文字通り“墓”に縁がございます。
どの柱に墓があろうとも、
年齢を重ねるにつれて、
神仏や先祖への意識が深まる方も
少なくありません。
見えない世界に、
自然と手を合わせるようになるでしょう。
人物的には、
生旺墓で締めくくりとなりますので、
対人関係では纏め役や相談役に
なりやすい側面がございます。
人がお墓で語りかけるように、
人には言えない心の内を、
なぜか打ち明けられやすくなります。
また、家族の中では、
締めくくりの運を持ちますので、
大きな事を決断する場面では、
最終決定者にもなりやすいです。
そして特徴としましては、
ご先祖との縁が深いことが言えます。
私個人の経験を少し
お話しさせていただきます。
原因不明の病に倒れて
体力精神ともに事業を継続できず、
自宅での療養を余儀なくされた
日々を過ごしていた時期の話しです。
先が見えず、毎日が不安と絶望で、
出口のないトンネルを歩いている
かのような日々のなか、
ある日突然、お墓参りに行きたくなったのです。
当時の私は、先祖の月命日や彼岸の時など、
一年に数回しか行くことがございませんでした。
ですのに、急に、
なぜか呼ばれたかのように
足が墓地へと向かっていたのです。
お墓が徒歩圏に位置していたことから、
その日から朝夕一日二回、
年末年始もかかさず、
何かに突き動かされるように
毎日三年間、お墓に通い詰めました。
お墓では、先祖との対話の繰り返しです。
“なぜこのような事態になったのか。
私になにが起きたのか教えてほしい”
答えが欲しいと、
そのようなことを繰り返し
語りかけていたように思います。
そうして三年目が過ぎた頃でしょうか。
治療が出来なかったにも関わらず、
気が付けば、社会復帰を遂げる道が
開かれていたのでした。
当時の状況を語りますと、
不思議な出来事を数多く経験いたしました。
別の機会にお話しができれば幸いです。
私がこれまで鑑定を重ねてきたなかで
一つ感じておりますことは、
“墓”が命式にある人には、
ご先祖との縁が深く現れる方が多いということです。
墓があるから、墓に縁があるとか、
そのような単純なものではございません。
“墓”の使い方は、
あくまでも個人に託されているのです。
“墓”を社会的な事柄で消化するのか、
または、柱における事象で経験する
場合もございます。
但し、“墓”を綺麗に命式にもつ方は、
墓祀りをする宿命があり、
先祖との魂の約束があるのです。
ですから、“墓”のある人というのは、
先祖を敬い、墓祀りをすることにおいて、
もたらされるものが
非常に多いのでございます。
では遠方で墓地に行けない、
そもそもお墓がないという方は
どのようにしたらよいかと申しますと、
先祖への日々の感謝と敬いの念を、
常にお持ちになってくださいと
申し上げております。
先祖に語りかけることにおいて、
貴方の“墓”の運命が発動いたします。
毎回長くなり申し訳ございません。
お彼岸にちなんだお話となりました。
本日もお読みいただき、
ありがとうございました。